出典:小沢一郎(事務所)X(@ozawa_jimusho)
「勇ましさは無知と裏表」小沢一郎氏がSNSで投下。平和への執念か、それとも末期的な政権批判か
衆院選・岩手3区から立候補している「壊し屋」こと小沢一郎氏(83)が、SNSで高市政権を真っ向から批判し、ネット上が蜂の巣をつついたような騒ぎになっています。小沢氏は、防衛増税や非核三原則の見直しを匂わせる現政権の姿勢を「いつか来た道」と断じ、強硬な発言を繰り返す議員たちを「無知」と一蹴しました。
特に波紋を広げているのが、「いざ戦争になって戦場に行くのはいつも市井の若者であり、彼ら(議員)ではない」という一文です。この発言は、かつての師・田中角栄元首相の遺訓を引いたものですが、その「極端な二元論」に対して冷ややかな視線も注がれています。
小沢氏の投稿に対し、コメント欄は怒涛の勢いで賛否が分かれています。
『小沢さんの言う通り。勇ましいことを言う政治家に限って、自分や自分の子供は安全な場所にいる。この危機感は共有すべき。』
『小沢さんの言う「嫌な空気」というのは本物。戦後生まれが99%になった今、この重みを語れる政治家はもういない。』
一方で、アンチ層や現実的な国防を重視する層からは、皮肉混じりの猛烈な反発が相次いでいます。
『若者をダシにして恐怖を煽る手法はもう古い。具体的にどうやって隣国の脅威から国を守るのか、お花畑な理想論はもういらない。』
『「勇ましさは無知」って、そのままブーメランでは?国防を放棄することこそ、若者の未来を危険に晒す無知そのものだ。』
小沢氏が指摘する「戦場に行くのは若者」というフレーズは、一見すると若者への慈愛に満ちていますが、見方を変えれば「若者の不安を煽り、政権批判に利用している」とも受け取れます。現代の地政学リスクは、小沢氏がかつて見てきた「戦後の匂い」とは質が異なります。サイバー戦やミサイル技術が進化する中、かつての「徴兵制」を想起させるような物言いは、いささか時代錯誤な「こじつけ」に映るのも無理はありません。
また、高市政権が掲げる抑止力の強化を、十把一絡げに「軍拡競争」と決めつける姿勢も短絡的です。かつて自ら「普通の国」を目指すと宣言した政治家が、キャリアの終盤でここまで極端な平和主義に回帰するのは、もはや政策論ではなく、現政権への「意地」に近い感情の発露ではないでしょうか。
平和を願う気持ちに嘘はないはずですが、その手法が「恐怖と皮肉」である点に、今の日本の政治的分断の深さが表れているようです。














