出典:安住淳X(@azumi_jun117)
宮城4区に激震!永田町の仕切り屋、安住淳氏が森下千里氏に敗北、比例復活もならず政界引退の危機へ
かつて「国対のドン」として鳴らし、野党第一党の要職を歴任してきた安住淳氏の落選は、まさに青天の霹靂と言えるかもしれません。2月8日に投開票された衆院選。宮城4区で「中道改革連合」の共同幹事長として11期目を目指した安住氏でしたが、自民党の森下千里氏に競り負ける結果となりました。2021年の前回選では圧勝した相手に、今回はリベンジを許した形です。比例東北ブロックでも復活は叶わず、野党再編の立役者として動いた重鎮が、自らの議席を失うという皮肉な結末を迎えています。
SNS上では、安住氏の落選に対して皮肉めいた声が相次いでいます。
『永田町の中だけで威張っていて地元を見ていなかった証拠ですね』
『他党の党首を呼び捨てにする前に、自分の得票数を数えておくべきでした。笑えません』
安住氏の敗因の一つとして考えられるのが、その「強気すぎる姿勢」が招いた反感ではないでしょうか。選挙戦序盤、安住氏は全国の応援演説に奔走し、自身の選挙区を空ける余裕を見せていました。しかし、その間に森下氏は石巻市に移り住んで5年、地道に街頭に立ち続ける「辻立ちクイーン」へと変貌を遂げていたのです。安住氏が「よそから来た人でいいのか」と排他的な論理を展開したのに対し、森下氏は「安住先生の名前は一度も出さない」と、自らの政策と地域への思いを愚直に訴え続けました。この姿勢の差が、浮動票のみならず保守層の信頼をも勝ち取ったと言えるかもしれません。
また、安住氏が他党の党首を呼び捨てにしたり、「宮城に予算が来なくなる」といった脅しとも取れる発言を繰り返したりしたことも、現代の有権者には「時代錯誤な旧態依然とした政治」と映った可能性があります。永田町のコップの中の争いに終始し、「大物界の小物」として内輪の調整やマウントを取ることにばかり長けていた彼のスタイルが、地元の有権者によって痛烈に否定された格好です。私みたいに石巻の田舎で生まれたら、いま財務大臣なんかなれないと自負していた過去の栄光も、今や遠い思い出となってしまったようです。
かつて「この再編がうまくいかなかったら引退する」とまで口にしていた安住氏。その言葉通り、今回の落選は彼にとって政治家人生の大きな曲がり角となるでしょう。
地道な活動が「重鎮」を崩した今回の結果は、どれほどの大物であっても有権者の心を見失えば、あっけなく議席を失うという民主主義の厳しさを、少しばかり滑稽な形で世に知らしめたと言えそうです。














