出典:写真AC
卒業祝いの赤飯が当日廃棄、震災発生日と重なり物議
福島県いわき市の市立中学校において、3月11日の給食として用意されていたお祝いの赤飯が、当日の判断で急きょ廃棄される事態となりました。
この赤飯は13日に卒業を控えた3年生への門出を祝う献立として、市内の調理場が企画したもの。しかし、当日午前になって寄せられた震災の日に赤飯はおかしいという外部からの指摘を受け、市教育委員会が提供の中止を決定しました。
調理済みだった約2100食の赤飯はすべて廃棄され、生徒たちには備蓄用の缶詰パンが配られました。震災から15年が経過する今、この不謹慎という言葉を盾にした判断に対し、SNSでは議論が巻き起こっています。
『この道理が通じるなら、3月11日に生を受けた人達は、誕生日を祝えばみんな不謹慎なのか?』
『どこかのタイミングで踏ん切りをつける時が来るべきなんじゃないのだろうか。』
『たった数件の電話や不謹慎という言葉を恐れるあまり、丹精込めて作られた食事をゴミに変えてしまうことこそ、教育の場として不適切ではないでしょうか。』
このように、追悼の意は重んじつつも、お祝い自体を全否定することや、大量の食料を廃棄したことへの疑問を呈する声が目立ちます。一方で、地元感情への配慮が足りなかったとする意見も存在します。
『赤飯はかなりお祝い事のイメージが強い食べ物なため、地元の人たちからの反発を招くのはある程度想定できたこと』
『3月11日に赤飯と書いてあるのに気づいたらその時点で連絡できたはず。』
事前の献立チェックが機能していなかった組織体制への批判もあり、現場の混乱が透けて見えます。しかし、最も議論すべきは、一部の指摘に反応して未来へ羽ばたく子供たちの食事を奪い、食のありがたみを説くべき教育現場が大量廃棄を選択したという事実ではないでしょうか。
亡くなった方々への祈りと、今を生きる子供たちの門出を祝う気持ち。これらは決して対立するものではないはずです。今回の騒動は、私たちが震災という記憶をどう次世代へ繋ぎ、いつ前を向くべきなのか、重い課題を突きつけました。
せっかくの祝い膳が乾パンに変わってしまった生徒たちの心情を思うと、あまりに柔軟性を欠いた対応であったと言わざるを得ません。














