
事実無根の極端な投稿が拡散される背景と民主主義への危惧
インターネット上の言論空間が、またしても冷静さを失っています。事の発端は、2026年2月22日に配信された週刊誌のWEB記事でした。衆院選での自民党大勝を受け、高市早苗首相の今後の政権運営を「やりたい放題」と表現した内容でしたが、これに便乗した一部のユーザーが、歴史上の独裁者であるアドルフ・ヒトラーになぞらえて首相を批判。この極端なレッテル貼りが瞬く間に拡散される事態となりました。
この事態を重く見た自民党の鈴木貴子広報本部長は、即座に自身のXで反論を展開しました。鈴木氏は、投稿内容が事実無根であることを強調し、根拠のない誹謗中傷や歴史的独裁者との安易な比較に対して、強い違和感を表明。民主主義のプロセスを経て選ばれた政権を「独裁」と結びつける短絡的な思考を真っ向から批判しました。
SNS上では、この鈴木氏の断固たる姿勢に対し、さまざまな意見が飛び交っています。
『自民党も悪質なデマ拡散や誹謗中傷には、法的措置をすべきだと思いますよ』
『事実に基づかない極端な表現で恐怖を煽ることは、建設的な議論を遠ざけるだけ』
『個別の議員が対応するのではなく、党として組織的に対処しないと事務所の負荷が大きすぎる』
『都合のいいことばかり言いっぱなしで、都合悪いことには回答しない』
鈴木氏は、すべてのコメントに個別返信はできないとしつつも、必要な論点を整理して発信することの重要性を説いています。確かに、批判のための批判や憶測に基づく攻撃に一つひとつ付き合っていては、本来の政治業務に支障をきたすのは明白でしょう。
しかし、ここで注目すべきは「都合の悪い指摘には答えないのか」という批判の鋭さです。政治家側が「これは誹謗中傷だ」「デマだ」と断定し、自分たちに有利な論点のみを切り出す姿勢は、裏を返せば国民との真摯な対話の拒絶とも受け取られかねません。特にSNSという双方向の場において、一方的な情報発信と都合の悪い意見の選別は、さらなる不信感の種をまく結果となります。
そもそも、特定の政策に対する賛否があるのは健全な民主主義の姿です。しかし、政策論争を飛び越えて「ヒトラー」や「地獄」といった扇動的な言葉で相手を全否定する手法は、議論の放棄に他なりません。
一方で、そうした過激な声の裏側に潜む「政権への漠然とした不安」や「説明不足への苛立ち」を、単なるレッテル貼りとして一蹴してしまう政治家側の態度も、また対話を拒む独善的な一面を孕んでいます。














