衆院選情勢調査を巡る松尾貴史氏の投稿が波紋。自民優勢を「奇々怪界」と断じる
俳優の松尾貴史氏が1月30日夜、自身のX(旧ツイッター)を更新し、間近に迫った衆院選の情勢調査結果について過激な表現を用いて私見を述べました。各メディアが「自民党が単独過半数をうかがう勢い」と報じている現状に対し、松尾氏は強い違和感を表明。この投稿が、投開票日を前にSNS上で大きな議論を巻き起こしています。
松尾氏は投稿の冒頭で、自民党が優勢とされる調査結果を受け、日本の有権者を「寛容で我慢強い」と評しつつも、続けて「マゾなのか」と刺激的な言葉を投げかけました。裏金問題や旧統一教会との接点が指摘される、いわゆる「裏金議員」や「壺議員」がリードしているとされる現状を「奇々怪界」と表現。さらに、現在の日本を「地獄の一丁目の『際』まで来た」と、国家の危機であると強く警鐘を鳴らしています。
この投稿に対し、SNS上では松尾氏の危機感に同調する声が目立ちました。
『裏金があっても当選させるなら、政治家は何をやっても許されることになる。松尾さんの言う通り、この国は異常だ』
『これだけ不祥事が続いても自民が勝つなら、もう選挙の意味がない。地獄という表現も大げさではない』
このように、現状の政治体制に対する強い不信感を募らせている層からは、松尾氏の言葉は痛快な代弁として受け止められています。
しかし一方で、松尾氏の物言いに対しては厳しい批判も少なくありません。
『自分と意見が違う有権者を「マゾ」呼ばわりするのは、あまりに傲慢ではないか』
『反対勢力が信頼を得られていないという現実を無視して、国民を攻撃するのは筋違い。選ぶのは国民だ』
このように、民主主義における選択を「異常事態」や「精神疾患」のような言葉で揶揄する姿勢に、拒絶反応を示す意見も多く見られました。
今回の騒動を冷静に眺めれば、松尾氏の言葉は政権批判という枠を超え、有権者の「審美眼」そのものを否定しかねない危うさを孕んでいます。本来、著名人が政治に一石を投じることは健全な議論のきっかけになりますが、反対の立場を一方的に見下すような表現は、かえって対立を深め、建設的な議論を遠ざける結果になりかねません。
情勢調査はあくまで現時点の風速を示すものであり、最終的な判断を下すのは、松尾氏が懸念する「有権者」一人ひとりです。
批判的な視点を持つことは大切ですが、その矛先がどこを向いているべきなのか、今一度立ち止まって考える必要があるのかもしれません。














