高市早苗X(@takaichi_sanae)
政治の低俗化か、新たな戦略か。世界が見た日本の「言論なき熱狂」
衆議院選挙の投開票。この国の未来を決める重大な局面を前に、英紙『タイムズ』が掲載した一通のルポルタージュが、波紋を広げています。リチャード・ロイド・パリー記者が綴ったそのタイトルは、「選挙に勝つ方法:はっきり話せ、しかし何も言うな」という、極めて辛辣なものでした。
記者の冷徹な視線が向いたのは、高市首相の演説に熱狂する支持者たちの姿です。取材に応じた若い女性は、支持の理由を「はっきり話すから」と答え、その友人は「距離が近い」と評しました。しかし、そこで語られているのは政策の是非ではありません。同紙は、日本人が求めているのは国家のビジョンではなく、自分たちを「どう感じさせてくれるか」という情緒的な満足感に過ぎないと断じています。
特に象徴的なのが、政治が完全に「推し活」へと変貌している点です。演説の中身よりも、首相が使うバッグやペン、果てはスキンケア用品といった「小物」が話題になり、庶民的な消費行動へと繋がっていく。記者はこの現象を、SNSで流行する「サナ活」という新語とともに、ある種の奇妙な熱狂として描き出しました。
しかし、この盛り上がりの陰で、日本社会が直面する本質的な議論──対中関係、消費税、移民政策といった「不都合な真実」──は、霧の中に隠れたままです。記者は、高市首相がもはや具体的な政策を語る必要すらなく、「ただ存在すればいい」状態にあると指摘。中身のない言葉が「はっきりとした口調」で語られ、それが勝利を掴みつつある現状を、暗に批判しています。
この痛烈な指摘に対し、ネット上では激しい賛否が入り乱れています。
『「はっきり話して何も言わない」という表現は、今の政治の空疎さを完璧に捉えている』
『海外メディアにここまで上から目線で侮辱されるのは腹立たしいが、反論の言葉が見つからない』
『政策論争がないのは事実。推し活感覚で国を動かされたらたまらない』
『親しみやすさを武器にするのは現代の戦術。記者の偏見がひどすぎる』
海の向こうから突きつけられた「中身なき熱狂」という鏡。私たちは、その鏡に映る自分たちの姿をどう正当化するのでしょうか。
皮肉にも、この英紙の辛辣な記事こそが、今もっとも読まれるべき「政策批判」なのかもしれません。














