
刑事告発された前市長が卒業証書の任意提出を拒否。法律の盾に隠れる姿に広がる波紋
静岡県伊東市の前市長、田久保真紀氏を巡る学歴詐称疑惑が、さらなる混迷を極めています。地方自治法違反などの疑いで刑事告発されている田久保氏側が、かつて市議会議長らに卒業証書として提示した書類について、静岡県警への任意提出を拒否したことが明らかになりました。捜査関係者によれば、県警は1月下旬に提出を求めていたものの、田久保氏の弁護団は刑事訴訟法が定める押収拒否権などを理由に、これを退ける回答書を提出したといいます。
かつて権力の座にあり、市民の代表として清廉潔白を求められた人物が、自らの潔白を証明する最大の武器であるはずの証書を法律の盾で隠す。この皮肉な状況に、世間の視線は冷ややかさを増しています。田久保氏はこれまでの聴取に対し、犯罪の成立を否定しつつも詳細は黙秘を貫いているとされており、親族に至っては卒業証書自体を見ていないという趣旨の話をしているというのですから、疑惑の霧は濃くなる一方です。
SNS上では、この煮え切らない対応に対して厳しい批判が相次いでいます。
『卒業したのが事実なら、堂々と提出して疑惑を晴らせばいいだけ。拒否すること自体が答え合わせになっている。』
『法律の権利を主張するのは自由だが、政治家としての道義的責任はどこへ行ったのか。市民を馬鹿にしている。』
『親族すら見ていない証書を、法律事務所に厳重保管している矛盾。そんなに大切なものなら、なぜもっと早く公開しなかったのか。』
中には、こうした逃げの姿勢が許される現状に憤る声も目立ちます。
『黙秘権や拒否権は容疑者の権利だが、公職に就いていた人間がこれを行使するのは潔くない。』
『伊東市のイメージがどんどん悪くなる。早く真実を明らかにしてほしい。』
もし仮に、その書類が本物であれば、提出こそが名誉回復の最短ルートであるはずです。それをあえて拒むという選択は、戦略的な防衛策というよりも、追い詰められた末の苦肉の策に見えてしまいます。政治家にとって最も重い資質は、言葉の重みと信憑性です。かつて議長らに見せたというその紙切れが、今や自身の首を絞める存在になっているのだとしたら、これほど悲しい幕引きはありません。
法律という厚い壁の向こう側で、真実は今も眠ったままです。
しかし、一度失われた信頼は、たとえ後から証書が出てきたとしても、容易に回復するものではありません。














