出典:成田童夢 X(@narita_dome)
英雄への敬意かそれとも血税の節約か。元代表の訴えに冷や水を浴びせる現代日本のシビアな懐事情
かつてスノーボード界の風雲児として一世を風靡した成田童夢氏が投げかけた一石が、ネット上で大きな波紋を広げています。2006年トリノ五輪に出場し、現在はマルチに活動する成田氏が自身のSNSで言及したのは、日本代表選手たちの待遇問題でした。
事の発端は、日の丸を背負って戦い抜き、見事にメダルを手にした選手たちが、帰国の途に就く際の航空座席がエコノミークラスであったという報道です。成田氏はこれに対し、青春のすべてを競技に捧げた国家の財産であるアスリートが、心身ともに疲弊した状態で相応の待遇を受けられない現状に、強い危機感を露わにしました。
この直球の問いかけに対し、SNSでは即座に賛否が真っ二つに分かれる事態となっています。成田氏の意見に寄り添う人々からは、次のような声が上がりました。
『成田さんのご意見に賛同します。様々な待遇、地位向上の必要性。そして現役中だけでなく、その後の方が長いセカンドキャリア支援も重要だと思います』
『さすがにちょっとエコノミーは無いと思います。結果がメダル獲得でも予選落ちであったとしても、国の代表なんだからビジネス以上にするべきです』
一方で、長引く不況や物価高に苦しむ層からは、極めて現実的かつ冷ややかな視線が注がれています。
『国(税金)が負担するということなら私は反対です。実質賃金が下がり続け国民生活が苦しくなってる昨今、削れる税金は削ってほしいと思います』
『競技によって違うので、人気を得てブランディングしてご自分達の価値をあげていくしかないです。一時的な感動で騒ぐ国民なのですが冷めやすい忘れやすいのが日本人ですので』
かつては国の英雄として無条件に敬意を払われた五輪選手ですが、現代社会においては、その価値すらもコストパフォーマンスの天秤にかけられているようです。特定のプロスポーツのような興行収入が見込めないアマチュア競技において、どこまでを公費で賄うべきかという議論は、常に納税者の感情を逆なでします。
しかし、成田氏が指摘するように、子供たちが憧れる世界を作るためには、目に見える形でのリスペクトも必要でしょう。狭い座席で長時間揺られるメダリストの姿を、次世代がどう捉えるのか。それは単なる贅沢の是非ではなく、日本という国がスポーツ文化をどう定義しているのかという、根深い問題に直結しています。
成田氏はその後、こうした熱い議論が巻き起こること自体が一歩前進であると、前向きな姿勢を示しました。














