「自分で選ぶから、あっちに行っててちょうだい」花屋のケースに手を伸ばした客。だが、花束に付いた札を見て黙った理由
女性客が手を伸ばした冷蔵ケース
花屋でパートをしていたころのことです。
私が働いていた店では、冷蔵ケースの花はお客様自身で取り出さず、店員が希望を伺ってお渡しする決まりでした。
勝手に取り出そうとして、バケツを倒したり、花の茎を折ったりするお客様がいたからです。
ある日の昼、ガラスのケースの扉が開く音がしました。見ると、私の母くらいの年齢の女性客が、ケースの中に手を伸ばしています。
「いらっしゃいませ。お花はこちらでお取りしますね」
私はそばに行って声をかけました。ところが、女性客は返事をせず、小さく舌打ちをしたのです。
「どちらのお花になさいますか?」
「今、見てるところでしょう」
女性客は花を見たまま、こちらに顔を向けようとしません。まだ選んでいる途中なのは分かりますが、ケースの奥には倒れやすいバケツもあります。
手を伸ばした拍子に倒れてしまわないか、私は気が気ではありませんでした。
「奥のバケツは倒れやすいので、私がお取りしますよ」
すると女性客はこちらを振り向き、追い払うように手をひらひらと振りました。
「もう、いちいちうるさいわね。自分で選ぶから、あっちに行っててちょうだい」
そのまま女性客は、ケースの中からリボンのかかった花束をぐいっと引き出しました。私はこれ以上どう声をかけるべきか迷い、すぐ隣で立ち止まってしまいました。
花束に付いていた名前の札
そのとき、女性客が持つ花束のリボンに、小さな札が下がっているのが見えました。
札には名前が書かれています。
私ははっとしました。それは、予約を受けて私が作っておいた花束だったのです。
「すみません。そちらはご予約のお客様のお花です」
「えっ?」
「お名前の札が付いているんです。申し訳ありませんが、そちらはお渡しできません」
女性客は花束と札を交互に見つめました。
先ほどまでの勢いがなくなり、しばらく黙っています。
「……そんなの、見ただけじゃ分からないじゃない」
確かに、並んでいる花の中に予約品があるとは、見ただけでは気づきにくかったのかもしれません。
ただ、最初に声をかけたときに応じてもらえていたら、こうはならなかったはずです。
「そうですよね。ただ、ケースのお花は私たちがお取りすることになっているんです」
入口で鉢植えを選んでいたお客様たちも、こちらを見ていました。女性客は何も言わずに花束をケースへ戻すと、扉を強く閉め、そのまま何も買わずに店を出ていきました。
私は扉を開け、戻された花束を確かめました。
幸い、茎も花びらも傷ついていません。ほっとして、花束を元の位置に置き直しました。
夕方、予約のお客様が来店されました。花束をお渡しすると、その方はぱっと笑顔になりました。
「わあ、すてき。お願いしてよかった」
その弾んだ声を聞き、私はようやく肩の力が抜けました。あのとき花束が無事で、本当によかった。そう思いながら、きちんと閉まったケースの扉をそっと見やりました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














