81歳で逝去した久米宏さんが生前に明かしていた死生観と終活の真実
ニュースの最前線で言葉を研ぎ澄ませ、茶の間に新しい風を送り込み続けた久米宏さんが、1月1日に肺がんのため81歳でこの世を去りました。衝撃的な一報が駆け巡る中、葬儀が近親者のみで執り行われたという事実に、寂しさを覚えたファンも少なくないはずです。かつて『ニュースステーション』で一世を風靡した彼が、なぜあえてひっそりと幕を引く道を選んだのか。その裏側には、15年以上も前から着々と進められていた、彼らしい潔い「終活」の姿がありました。
かつてラジオ番組で久米さんと対談し、葬儀の相談も受けたという葬儀社代表の小林和登氏は、当時の様子を回想しています。2009年、60代半ばだった久米さんは、テレビでの硬派なイメージとは対照的なラフな装いで現れ、自身の死後についてフランクに語り始めたといいます。夫婦二人きりの生活を見据え、多摩墓地にあった先祖代々のお墓を自宅近くへ移す計画や、住まいをマンションへ住み替えたことなど、合理的かつ具体的に身辺整理を進めていたのです。
特筆すべきは、自身の葬儀に対する冷徹なまでの客観視でした。久米さんは、もしお別れ会を開けば1000人規模の参列者が集まるであろうことを予見しながらも、「僕は死んでいるわけだし、やらなくていいよ」と言い切ったそうです。虚飾を嫌い、自分にとって無意味だと判断した儀礼は一切排除する。その徹底した個人主義こそが、多くの視聴者を惹きつけた「久米宏」という人間の本質だったのかもしれません。
この報に触れたSNS上では、稀代の表現者を悼む声とともに、その去り際の美しさに感銘を受ける声が溢れています。
『あれだけの大スターなのに、最後は自分らしく静かに消えていくのが最高に格好いい』
『お別れ会の1000人を辞退して家族葬。最後まで視聴者に媚びなかった久米さんらしい選択だと思う』
『派手な演出が似合う人だったけれど、本人が一番それを冷めた目で見ていたのかもしれない。知的な最期に憧れる』
といった、彼の生き様を肯定する意見が目立ちます。
2017年には都心の寺院に墓所を建立し、最期まで自らの美学を貫き通した久米さん。元旦に亡くなったその遺骨は、四十九日を終えた後に、自身で用意した安らぎの地へと納められる予定です。
予定調和を壊し続け、常に独自の視点を提示してきた久米さんは、自らの人生の幕引きにおいても、私たちに「自分らしく生き、死ぬこと」の意味を問いかけているようです。














