湯川れい子X(@yukawareiko)
90歳のレジェンドが問いかける、現代政治における言葉の重み
音楽評論家として、また時代を彩る作詞家として、長年日本の文化を見つめ続けてきた湯川れい子氏。現在90歳を迎えられた彼女がSNSで発した言葉が、今、多くの人々の心に波紋を広げています。発端となったのは、緊迫する情勢の中で、どこか勇ましさを競うようにも見える政治家たちの振る舞いに対する違和感でした。
湯川氏は、戦争に関連する不用意な発言を引用し、政治の本質について静かに、しかし力強く言及しました。お腹の大きな母親や赤ん坊、そして未来ある若者たちが、悲しみの中で命を落とすことがないように社会を築くことこそが政治家の職務であると説いています。特に、国民に対して「最後まで闘っていただく」といった趣旨の発言をすることに対し、命を預かる立場にある者が決して口にしてはならない言葉ではないか、と厳しく問いかけました。
この投稿に対し、SNS上では瞬く間に多種多様な意見が飛び交っています。賛同する声としては、
『90歳という重みがある。実体験に基づく言葉には、理屈を超えた説得力を感じる』
『政治家が安全な場所から国民を煽る姿は、歴史の過ちを想起させて怖い』
『平和を守る努力こそが政治の技術ではないか』
といった、深い共感の輪が広がりました。
一方で、こうした批判的な視点に対し、慎重な立場からの意見も少なくありません。
『攻められたときにどう身を守るかを語るのも、また政治の責任ではないか』
『理想論だけでは国を守りきれない現実がある』
『防衛意識を高めることと、戦争を賛美することは別だ』
といった、シビアな国際情勢を直視すべきだという声も根強く存在しています。
ここで少し立ち止まって考えてみたいのは、政治家が発する言葉の「温度感」ではないでしょうか。湯川氏が危惧しているのは、かつて日本が経験した、メディアも国民も一丸となって熱狂の中に身を投じていった、あの「火の玉」のような時代の空気感かもしれません。
軍人だった父や戦死した兄を持つ彼女にとって、現代の政治家が吐く威勢の良いセリフは、あまりに実感を欠いた、危ういものに映っているように感じられてなりません。














