「うちの子も鉄琴がやりたかったんです」鉄琴をめぐり訴えた保護者。発表会前、園長がその子の教室へ鉄琴を運ばせた理由
休んだ子の代わりに、鉄琴を叩いた園児
幼稚園に勤めていたころ、発表会前の合奏練習でのことです。
隣のクラスでは鉄琴を一台使っていましたが、その日は担当の子がお休みでした。
そこで同僚の先生は練習を進めるため、別の子に鉄琴をお願いしました。
頼まれた子はうれしそうに鉄琴を叩いていました。私は自分のクラスの支度をしながら、遊戯室の端でその様子を見ていました。
ところが翌朝、ある保護者が子どもの腕を引くようにしてやって来ました。
挨拶もそこそこに、同僚の先生の前で足を止めます。
「うちの子も鉄琴がやりたかったんです。昨日のこと、ずっと覚えてますからね」
声はかなり大きく、同僚の先生はすぐには言葉を返せませんでした。
私も少し離れた場所で立ち尽くしていました。
その子は大人たちのやり取りには加わらず、遊戯室にある鉄琴のほうを見ていました。
報告を聞いた園長が口にした一言
そのあと職員室で園長に報告すると、園長はしばらく黙って話を聞いていました。
同僚の先生が小さな声で言いました。
「私、何も言えませんでした」
園長はうなずき、少し考えてから口を開きました。
「そんなに鉄琴がやりたかったのね。じゃあ今日は、叩いてもらいましょうか」
そして事務の方に声をかけました。
「遊戯室の鉄琴、あの子のお部屋まで運んでもらえるかしら」
私は思わず園長の顔を見ました。保護者を叱るわけでも、昨日の対応について長く説明するわけでもありませんでした。
迎えに来た保護者が、入口で足を止めた
その日の午後、普段は遊戯室に置いてある鉄琴が、その子の教室へ運ばれました。
子どもは最初こそ遠慮するように鳴らしていましたが、しばらくすると楽しそうに何度も鍵盤を叩き始めました。
「せんせい、みてて」
そう言っては、気に入った音を繰り返します。園長もそばに座り、その様子を見ていました。
やがて迎えの時間になりました。
朝来ていた保護者は教室の入口まで来ると、そこで足を止めました。中では、子どもがまだ楽しそうに鉄琴を鳴らしています。
保護者は何も言わず、しばらくその姿を見ていました。私は少し離れた廊下から、その様子を見ていました。
園長は誰かを責めたり、どちらが正しいかを決めたりはしませんでした。ただ、その子がやりたがっていた鉄琴に触れられる時間をつくったのです。
今でも鉄琴の音を聞くと、楽しそうに叩いていた子どもと、教室の入口で黙って見ていた保護者の姿を思い出します。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














