「無視しないでよ」空いた電車で若い女性に迫る男性。私が席を立った直後、車内の空気が変わった
つり革を伝うように近づいてきた男性
数年前の昼下がり、私は通院の帰りに電車に乗っていました。
お昼どきの車内は空いていて、長い座席の端に腰かけ、窓の外をぼんやり眺めていました。
しばらくして物音がして顔を上げると、車両の奥にいた男性が、つり革を両手で握って体を持ち上げていました。
懸垂するような動きをしながら少しずつ場所を移し、こちらへ近づいてきます。
何をしているのだろうと思って見ていると、男性は私の向かいに座っていた若い女性の前で止まりました。
そして、つり革につかまったまま女性の顔をのぞき込むようにして声をかけたのです。
「ねえ、今ひまでしょ。一緒にお茶しようよ」
女性は携帯電話を両手で持ち、画面を見たまま返事をしませんでした。
すると男性は、少し顔を近づけました。
「ねえ、無視しないでよ」
それでも女性が答えないでいると、男性はもう一度、今度は先ほどより大きな声で言いました。
「無視しないでよ」
女性の肩がこわばり、携帯電話を握る手にも力が入っているように見えました。
私が立つと、ほかの乗客も動いた
車内では、何人かの乗客がその様子を気にしていました。
私も最初はどうすればいいのか迷いましたが、女性の表情を見ているうちに、そのまま座っていられなくなりました。
私は席を立って通路を渡り、二人の近くまで行きました。
「すみません。もうやめたほうがいいと思います。この方、困っていますよ」
男性はこちらを振り向きました。
「なんだよ。関係ないでしょ」
「そうですけど……嫌がっているように見えますから」
言い返しながらも、正直、私は緊張していました。
そのとき、後ろで座席がきしむ音がしました。
振り返ると、ネクタイを締めた会社員の男性が立ち上がっていました。
続いて、ドアの近くにいた杖をついた年配の女性もゆっくり腰を上げ、こちらを見ていました。
二人とも何かを言ったわけではありません。ただ、自分だけではないと分かったことで、少し心強く感じました。
男性は周囲を見回すと、つり革から手を離しました。何か言いかけましたが、そのまま口を閉じ、次の駅でドアが開くとホームへ降りていきました。
男性がいなくなると、若い女性がようやく顔を上げました。
「ありがとうございました…怖かったです」
「もう大丈夫だと思いますよ」
私はそう答えて女性の隣に腰を下ろしました。会社員の男性と年配の女性も軽くうなずき、それぞれの場所へ戻っていきました。
その女性が電車を降りるまで、私は隣に座っていました。
一人が動くと、周りも動いてくれた
夜、帰宅した夫にその日のことを話しました。
「その人、『無視しないでよ』って言って、どんどん顔を近づけてきたの」
夫は驚いた顔をしました。
「それは怖いな。よく声をかけたね」
「私も怖かったよ。でも私が立ったら、ほかの人も立ってくれて。それで少し安心した」
最初に席を立つときは勇気がいりました。それでも、周りに同じように気にしていた人がいたと分かったことが、今でも強く心に残っています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














