「枝が電線に届きそうで」2年間気になっていた隣家の庭。引っ越しの日、ポストに残された一枚
電線の下で揺れる枝
朝、洗濯物を干そうと庭に出ると、頭の上で鳩が羽ばたいた。見上げると、お隣のキンモクセイの枝の奥に、また巣ができていた。
お隣は60代くらいのご夫婦のお宅で、庭の木はもう長いこと手入れされていなかった。
枝が塀を越えてうちの敷地まで伸びてきたのは2年ほど前。今では枝先が、家の前を通る電線に届きそうになっている。秋になると、花がらがうちの車の屋根にまで降り積もった。
気にはなっていたものの、わざわざ訪ねて枝を切ってほしいと言うのも気が引けて、そのままになっていた。
そんなある日、お隣の窓からカーテンが外され、玄関先には段ボールが並び始めた。
「もしかして、引っ越すのかな…」
このまま空き家になったら、庭の木はどうなるのだろう。連絡先も知らないため、急に不安になった。
ちょうど通りかかった向かいの奥さんも、枝を見上げていた。
「あの木、ずいぶん伸びたわね。電線の近くまで来てるじゃない」
「そうなんです。お隣、もうすぐ引っ越されるみたいで……」
「それなら、今のうちに一度お話ししておいたほうがいいかもしれないわね」
その言葉に背中を押され、私は引っ越しの前に一度だけ話してみようと決めた。
引っ越し前に伝えたかったこと
トラックが来る前の日、私は庭から枝の様子をもう一度確認してから、お隣の玄関を訪ねた。
出てきたご主人の後ろには、ひもで束ねられた本が積まれていた。
「突然すみません。庭の木のことで、少しご相談してもいいですか」
「庭の木ですか?」
私は塀の向こうに伸びている枝を指さした。
「2年ほど前から枝がこちらまで伸びてきていて、最近は電線にも届きそうなんです。鳥も巣を作っていて…」
ご主人は驚いたように庭のほうを見た。
「そうだったんですか」
「お引っ越しされると聞いたので、その前に一度見ていただけたらと思って。できれば、枝も切っていただけると助かるのですが……」
ご主人はサンダルをつっかけて門の外まで出ると、塀越しに張り出した枝を見上げた。
電線のすぐ下で揺れる枝先を目で追ったあと、しばらく黙っていた。
「……すみません。引っ越しのことで頭がいっぱいで、木のことまで気が回っていませんでした」
そう言って、ご主人は頭を下げた。
その日のうちに、お隣の門の前で、ご主人が植木屋さんと電話で話している声が聞こえてきた。
ポストに残された一枚
引っ越しの日の朝、植木屋さんがはしごを立て、伸びていた枝を一本ずつ落としていった。鳩の巣も片づけられ、電線のまわりには久しぶりにすっきりと空が見えた。
向かいの奥さんもその様子を見て、門の前から声をかけてきた。
「ずいぶんすっきりしたわね。話してみてよかったじゃない」
「本当ですね」
私はようやく肩の力が抜けた。
やがて荷物を積んだトラックが走り去り、お隣の家は静かになった。
そのあと自宅のポストをのぞくと、一枚の紙が入っていた。
家を管理する会社の連絡先。その下には、ご主人の字で短い言葉が添えられていた。
「木のことで何かあれば、ここに連絡してください。長いあいだ、ご迷惑をおかけしました」
私はその紙を、玄関の引き出しの一番上にしまった。
次の秋。短く整えられたキンモクセイは、塀の向こうで小さな花をつけていた。
窓を開けると、甘い香りが静かに入ってくる。以前のように枝を気にすることなく、その香りを楽しめることが、少しうれしく感じられた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














