「孫が七夕で使うから切らせてくれ」庭まで伸びた隣家の笹。20年分の悩みを伝えた僕への返事
垣根ごしに頼まれたこと
6月の日曜の朝、僕は出かける前に庭の水まきをしていました。
足もとには、今年も境界の向こうから入りこんできた笹が青々と葉を広げています。
この笹は、隣の男性が20年以上前に境界ぎわへ植えたものです。
地下からこちらへ広がってくるため、抜いても翌年にはまた芽が出てきました。
その男性が、垣根の向こうから声をかけてきました。
「孫が七夕で使うんだ。そっちに伸びてる分、切らせてもらっていいか。残したいなら言ってくれ」
「ああ、はい。ただ、今から出るので、あとでもいいですか」
時計を気にしながら答えると、男性の表情が変わりました。
「あとでって何だ。こっちは頼んでるんだぞ」
その言い方に、僕も思わず口を開きました。
「でも、うちはこの笹で20年くらい困ってきたんですよ」
すると男性は、垣根に手をかけました。
「もっと前に言ってくれなきゃ、こっちは分からんだろうが」
孫の前で伝えた、20年分のこと
男性の横から、低学年くらいの女の子が顔を出しました。
手には、折り紙で作った輪飾りを大事そうに持っています。
僕はホースの水を止め、境界近くに何本も出ている笹を指しました。
「七夕に使う分は、どうぞ切ってください。ただ、これはお宅からこちらまで広がってきた笹ですよね。根のほうも何とかしてもらえると、うちは助かります」
女の子は僕が指した笹と、自分の家の庭を交互に見ました。
「おじいちゃん、この笹、うちから来たの?」
男性はすぐには答えませんでした。女の子の肩に手を置き、少し黙ってから低い声で言いました。
「……じゃあ今日は、七夕に使う分だけ切らせてもらう」
それ以上言い合いになることはなく、男性は必要な分の笹を切っていきました。ちょうど通りがかった町内の人も、一度こちらを見て足を止めていました。
そして次の週末、隣の息子さんが軍手をはめてやってきました。
「父から聞きました。根のほうは、こちらで掘らせてください」
「お願いします。長いこと伸びていますから、かなり深いと思います」
息子さんは半日ほどかけて、境界ぎわに広がった根を掘り起こしてくれました。
七夕の夜に交わした会釈
その夜、娘から電話がかかってきたので、庭であったことを話しました。
「それで、お隣とはどうなったの?」
「最初は『もっと前に言わないと』って怒られたけどな。次の週には息子さんが根を掘りに来てくれたよ」
「じゃあ、ちゃんと伝わったんだね」
僕も「そうみたいだな」と答えました。
七夕の夜、隣の庭には、こちら側まで伸びていた笹から切った一本が立っていました。輪飾りと短冊が風に揺れ、その前にはあの女の子がいました。
縁側にいた男性と目が合うと、男性は少し視線を落とし、それから小さく会釈しました。
僕も同じように頭を下げました。それ以上、言葉を交わすことはありませんでした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














