「字幕で見るのも慣れてきたな」テレビも聞こえないほど響いたバイク音。だが、相談した後に見えた変化
字幕をつけて見る休日
休日の午後、居間でドラマの再放送を見ていると、外から太いエンジン音が響いてきた。テレビのセリフが聞き取れなくなり、妻が黙って字幕を表示させる。
ここのところ、休日は何度もこんな状態になっていた。
音の主は、近所に住む40代くらいのバイク好きのご主人だ。車庫の前で大型バイクを整備し、ときどきエンジンを吹かす。
長い日は30分ほど続き、平日の朝にも通勤前に10分ほど暖機運転をしていた。
「また始まったわね」
「字幕で見るのも慣れてきたな」
「慣れちゃだめでしょ。言いにいくって、先週も言ってたじゃない」
妻に言われ、僕は苦笑いした。50代にもなって、近所の人に苦情めいたことを言うのは気が重い。
ただ、ご主人は顔を合わせればきちんと挨拶をする人だった。こちらの家の中まで音が響いていることを、本人は知らないだけかもしれない。そう思い、その日は話してみることにした。
車庫の前で伝えた言葉
エンジンが止まったのを待って、僕は車庫の前へ向かった。ご主人は工具箱を広げ、バイクの横でボルトを締めていた。
「精が出ますね。きれいなバイクですね」
「ありがとうございます。休みの日は、これをいじるのが楽しみで」
うれしそうに答える姿を見て、一瞬、言い出しにくくなった。それでも、できるだけ穏やかに続けた。
「楽しみに水を差したいわけじゃないんですけど……音のことで、少しだけいいですか」
ご主人の表情が変わり、僕のほうを見た。
「休日にエンジンをかけているとき、長いと30分くらい音が続きますよね。うちの居間だと、テレビが聞こえなくなるんです。実はけっこう響いていて」
ご主人はレンチを工具箱の上に置き、少し驚いたような顔をした。
「そんなに家の中まで聞こえてたんですか。すみません」
「バイクがお好きなのは分かるので、やめてほしいっていうことじゃないんです。ただ、少し音を気にしてもらえたら助かります」
「分かりました。やり方を考えます。言ってくださってありがとうございます」
思っていたよりも静かなやり取りで話は終わった。
次の朝、聞こえなかった音
翌朝、目覚ましが鳴っても外は静かだった。
窓から見ると、ご主人がエンジンをかけずにバイクを押し、大通りのほうへ歩いている。向かいの家の奥さんも、玄関先でほうきを持ったまま、その姿を見送っていた。
やがて大通りのほうから、遠くでエンジンがかかる音が聞こえた。
その後、休日の車庫も静かになった。道で会ったとき、ご主人から、整備は近くの整備工場のスペースを借りてするようになったと聞いた。
「押して出るの、けっこういい運動になるんですよ」
そう笑うご主人に、僕も「それならよかったです」と返した。
その週末、妻はドラマが始まると字幕を消し、リモコンを僕に渡した。居間には久しぶりに、俳優たちの声がはっきりと響いていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














