「記録として撮っておきたいんだよ」学習発表会の優先席を譲らず撮影し続けた男性。だが、わが子の出番直前に固まった理由
譲られないままの優先席
娘の小学校の学習発表会でのことです。私はカメラを手に、体育館の後方で立って見ていました。
最前列は、発表中の学年の保護者が優先して座れる席です。学年が替わるたびに、次の保護者と入れ替わる決まりになっていました。
ところが、最前列の真ん中に座る男性は、開演してからずっと席を動きません。
子どもたちの発表が始まると立ち上がり、大きなカメラを構えて撮影を続けています。
後ろの席にいた父親が、遠慮がちに声をかけました。
「あの、すみません。前が見えないので、少し下がってもらえませんか?」
しかし男性は振り向きもせず、肩をすくめただけでした。
その様子を見ていたPTAの役員の女性が、男性のそばへ歩み寄りました。
「すみません。こちらは今、発表している学年の保護者の方が優先なので、席を替わっていただけますか?」
男性はようやくカメラを下ろし、不満そうな顔を向けました。
「いや、自分の子のところだけじゃなくて、全部撮りたいんだよ」
「記録として撮っておきたいんだよ」
役員の女性は、困ったように答えました。
「そうなんですね。でも、ここで見たい方も待っていらっしゃるので……」
すると男性は、少し声を荒らげました。
「こっちは朝からずっと撮ってるんだよ。ほかの席だって空いてるだろ? いいじゃないか」
役員の女性はそれ以上言えず、困った表情でその場を離れました。
結局、席を待っていた保護者たちは、私のいる後方の立ち見スペースまで下がってきました。先ほど声をかけた父親も、その中にいました。
決まりを守って待っている人が、どうして我慢しなければならないのか。見ている私も、納得できませんでした。
わが子の出番を前に、動かなくなったカメラ
やがて司会の先生が、次の学年の発表を告げました。
子どもたちが舞台に並び始めると、男性は急いでカメラを構え直しました。その様子から、どうやら男性の子どもが出る学年のようでした。
ところが、発表が始まる直前です。
男性の手がぴたりと止まりました。
カメラをのぞき込み、何度もボタンを押しています。しかし、画面は暗いままのようです。
「えっ……ちょっと待てよ。うそだろ……」
男性は慌ててかばんを開け、中を探し始めました。
どうやら、朝から撮影を続けていたカメラの電池が切れてしまったようです。予備の電池も見つからないのか、男性は焦った様子で何度もかばんの中を確認していました。
そうしている間にも、舞台では発表が始まってしまいました。
周囲の保護者たちがカメラを構える中、男性は動かなくなったカメラを両手に持ち、ぼうぜんと舞台を見つめています。
すると、私のそばにいた先ほどの父親が、小さな声でつぶやきました。
「あんなに撮ってたのに……肝心なところで……」
近くにいた母親たちも、何とも言えない表情で顔を見合わせていました。
男性はもう何も言わず、ただ舞台を見上げていました。
その学年の発表が終わり、役員の女性が席の交代をお願いすると、男性は今度は言い返しませんでした。
うつむいたままカメラを抱え、静かに席を立ちました。
次はいよいよ娘の学年です。
私は空いた最前列に座り、緊張した顔で舞台に立つ娘にカメラを向けました。
娘が大きな声でせりふを言い切り、最後に一礼するまで、しっかり撮影することができました。
ほかの保護者も、きっと同じ気持ちでわが子の出番を待っていたはずです。
あの日、最前列で娘の姿を見ながら、決められた順番を守ることの大切さを改めて感じました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














