「撮影席は着席でお願いします」娘の音楽発表会で最前列の前に割り込んだ母親。だが、PTA役員の言葉に振り返ると
せっかく確保した最前列の前に現れた母親
娘の学年が音楽発表会の最初に登場すると知り、私は朝早くから並びました。
撮影席の最前列に座ることができ、ビデオカメラの画面には舞台全体がきれいに収まっています。
ところが、前奏が始まったときです。横の通路から、同じ学年の母親が近づいてきました。
「ごめんなさいね、ちょっと前、失礼」
その人は私のすぐ前にしゃがみ、片膝を立ててカメラを構えました。
せっかく確保した画面の真ん中に、その人の後ろ頭が大きく映り込んでしまったのです。
角度を変えても、舞台の中央が見えません。
娘の顔だけをアップにすれば撮れますが、指揮をする担任の先生や、隣で歌う子どもたちは画面から外れてしまいます。
最初の曲が終わり、拍手が起きたところで、私は声をかけました。
「あの、すみません。後ろから撮っているので、少し横にずれていただけますか」
その人は振り返り、少し眉をひそめました。
「うちも同じ学年なんだけど。ここがいちばん見えるのよ」
確かに、わが子の姿を撮りたい気持ちは分かります。でも、こちらも娘の発表を残したくて早くから並んだのです。
「次の曲で娘が前に出て踊るので、その場面だけでも全体を撮りたいんです」
「あっそ」
その人はそう言って前に向き直りました。娘が踊る場面になっても、私のカメラにはその人の髪が大きく入り、娘の顔を追うのがやっとでした。
PTA役員が示したプログラムの注意書き
曲の合間、腕章をつけたPTA役員が通路から近づいてきました。その人の横にしゃがみ、手にしたプログラムの注意書きを指さします。
「すみません。撮影席は着席でお願いします」
「でも、うちも同じ学年なんですよ」
「はい。後ろにも同じ学年の方がいらっしゃいます。お席で撮っていただけますか」
役員が後ろの列を示すと、その人も振り返りました。そこには、黙ってこちらを見ている保護者たちがいます。
その人は一瞬言葉に詰まったようでした。小さく咳払いをしてカメラを抱え直し、自分の席へ戻っていきます。
「やっと前が空いたね」
後ろの席から、小さな声が聞こえました。役員は私に軽く会釈をして、通路へ戻っていきました。
次の曲の前奏が始まり、私はカメラを引いて舞台全体を映しました。担任の先生の背中も、娘も、周りの子どもたちも、ひとつの画面に収まっています。
最後の曲が終わるまで、もう誰かの後ろ頭を避けてカメラを動かす必要はありませんでした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














