見覚えのない通帳の履歴
私、裕子(ゆうこ)と夫の健一(けんいち)は、結婚三十年。
子供たちも独立し、これからは二人で穏やかな老後を過ごすのだと、信じて疑いませんでした。
あの日までは。
きっかけは、本当に些細なことでした。
来月の旅行の費用を確認しようと、二人で貯めてきた年金用の通帳を開いたときです。
(あれ……?)
記憶にない引き出し履歴が、一件だけありました。
大きな金額ではありません。ほんの数万円です。
でも、家計はすべて私が管理していたので、気になりました。
「ねえ、健一さん。年金の通帳、触った?」
リビングで新聞を読んでいた夫に、私は軽く尋ねました。 健一は、新聞から目を離さずに答えます。
「いや? 触ってないけど。どうしたんだ?」
「そう……。ちょっと、計算が合わないんだけど」
「ふーん」
健一は、それ以上何も言わず、新聞をめくりました。
その、あまりにも無関心な態度に、私の心にチクリと小さな棘が刺さりました。
(本当に知らないの? 私に隠れて、何かに使ったんじゃ……)
一度芽生えた疑いは、雪だるま式に膨らんでいきます。
目につく旦那の行動
その日から、健一の行動が妙に目につくようになりました。
スマホを机に裏返して置くこと。 かかってきた電話に、わざわざベランダに出て応答すること。
以前は「今から帰る」と連絡をくれていたのに、黙って帰宅するようになったこと。
「最近、少しよそよそしくない?」 私がそう尋ねても、健一は「気のせいだろ」と不機嫌そうに言うだけです。
私たちの間の空気は、どんどん重くなっていきました。
会話は減り、同じ空間にいても、お互いに違う方向を見ている。
あんなに楽しみにしていた旅行の話も、いつの間にか立ち消えになっていました。
結局、あの数万円が何だったのか、私は健一に聞けませんでした。
もし本当に彼が使っていたとしても、理由を聞けばよかった。
でも、私は「彼が私に隠し事をしている」という疑いそのものに、囚われてしまったのです。
「通帳、触った?」
あの何気ない一言が、私たちの三十年間を分断する境界線になりました。
信頼とは、積み上げるのは一生なのに、失うのは一瞬なのだと痛感しています。
私たちは今も、同じ家で暮らしています。 けれど、かつてのように心から笑い合うことは、もうありません。
本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
※本コンテンツのテキストの一部は、生成AIを利用して制作しています。














