老後資金の使い方
はじめまして、里子(さとこ)と申します。
この春、夫の健一(けんいち)が長年勤めた会社を無事に定年退職しました。
子育てもとうに終わり、夫婦二人の穏やかな日々が始まったのです。
退職金と貯蓄を合わせ、ようやくまとまった「老後資金」。
その使い道について、先日、健一と食卓で向き合いました。
これが、笑顔の裏に火花が散る「静かな戦争」の始まりでした。
「さて、このお金だが。俺は、水回りのリフォームをしたいと思う」 健一はきっぱりと言いました。
「特にキッチンだな。古くて使い勝手が悪いだろう」
一瞬、時が止まりました。
私がこの数年間、夢見ていたのは、それではありません。
「私は…、北欧か、地中海をめぐる豪華客船クルーズに行きたいわ」
夫はにこやかに頷きました。
「旅行もいいな」。
私もにこやかに返します。
「リフォームも素敵ですね」。 私たちの戦いは、決して声を荒げるものではありません。
あくまで「提案」の形をとります。
翌日になっても変わらない意見
翌日、私はリビングの一番目立つ場所に、豪華客船のパンフレットを置きました。
青い海と白い船が表紙のものです。
「あら、見て。こんな素敵なディナーが毎晩ですって。夢みたい」
すると健一は、夕食時にわざとらしくキッチンのシンクを叩きました。
「うーん、やっぱりここのくすみが気になるな。最新のシステムキッチンは掃除も楽らしいぞ。お前の負担も減る」
「友人の明美(あけみ)さんは、ご主人とスペインに行ったそうよ。すごく感動したって」 私がそう言えば、「近所の鈴木さんのところ、外壁を塗り替えて新築みたいになったぞ。快適だろうな。資産価値も上がる」 と健一が返します。
どちらも一歩も譲りません。
これは「今すぐ必要なもの(リフォーム)」と「今しかできない体験(旅行)」の戦いです。
彼は「これからの快適な生活」を主張し、私は「元気なうちの思い出作り」を主張します。
先日、健一がリフォーム業者の見積もり書をテーブルに置きました。
私も負けじと旅行代理店の見積もり書をその隣に並べました。
二つの見積もり額は、どちらもかなりのもの。
「……どっちも、は無理か」 健一がぽつりと言いました。
「そうね……。どちらか一つ、というわけにもいかないかしら」
私たちの静かな戦争は、今、一時休戦中です。
もしかしたら、リフォームでキッチンを少しだけ綺麗にして、旅行は国内のクルーズにする、という「和平交渉」になるかもしれません。
老後資金の使い道は、夫婦の価値観がぶつかり合う、本当に難しい問題だと実感する毎日です。
本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。
※本コンテンツのテキストの一部は、生成AIを利用して制作しています。














