西野亮廣が新年LINEの画像送付に苦言を呈しSNSで議論が白熱
お笑いコンビ・キングコングの西野亮廣さんが1月1日、自身の公式Xを更新しました。新年早々、知人らから届く新年の挨拶LINEのあり方について、独自の持論を展開して大きな注目を集めています。
西野さんは投稿の中で、謹賀新年とだけ書かれた画像を出典元も不明なまま一方的に送りつけてくる行為に対し、強い違和感を表明しました。送る側はワンタッチの操作で手軽に済ませているつもりでも、受け取る側には返信という手間を強いている事実に無自覚なのではないかと指摘しています。さらに、さほど親交が深くない間柄であれば、無理に挨拶を送る必要はないのではないかとも付け加え、普段から付き合いのある相手なら挨拶がなくても全く気にしないと自身のスタンスを明確にしました。
この率直な意見に対し、SNS上では多くのユーザーが反応を示しています。
「本当にその通り。返信に困るし、スタンプ一つで済まされると義務感だけが残る」
「西野さんの言うことは極端だけど、形式だけの挨拶がストレスになる感覚は理解できる」
といった共感の声が上がる一方で、
「新年くらい形だけでも挨拶したいと思うのが人情ではないか」
「少し潔癖すぎる気がする。スルーすればいいだけのこと」
といった否定的な意見も散見され、ネット上では新年のコミュニケーションのあり方を巡って議論が紛糾しています。
時代の変化とともに、年賀状からSNSやLINEへと新年の挨拶の形は移り変わってきました。かつては丁寧な筆致で近況を報告し合っていた文化が、デジタル化によって効率化された結果、かえって「心の通わない作業」に見えてしまう側面もあるのかもしれません。
西野さんの発言は一見すると冷徹に聞こえるかもしれませんが、その根底には「相手の時間と労力を尊重すべき」という、合理的な優しさが含まれているようにも感じられます。お互いに気を使いすぎるあまり、本来喜ばしいはずの新年の幕開けが負担になってしまっては本末転倒です。
SNSという開かれた場所で、あえてこうした「空気を読まない正論」を投下する西野さんの姿勢は、私たちが無意識に続けている慣習を見直す一つのきっかけになるのではないでしょうか。形式を重んじるか、効率と実利を重んじるか。
新年のLINE一通に込められた意味を、改めて考えさせられる出来事となりました。














