
過去最大を更新し続ける「借金大国」日本の現在地
財務省が発表した2025年末時点の「国の借金」は、1342兆1720億円という天文学的な数字に達しました。前年末から約24兆円も膨れ上がり、過去最大を更新し続けています。物価高対策や社会保障費の増大、さらには高市政権が掲げる「責任ある積極財政」という看板の下、蛇口を開きっぱなしにしたかのような歳出拡大が続いています。国民一人あたりに換算すれば、老若男女問わず1000万円を優に超える借金を背負っている計算になりますが、もはや数字が大きすぎて実感が湧かないというのが本音ではないでしょうか。
SNS上では、この冷徹な数字に対して悲鳴と諦め、そして現政権への厳しい眼差しが交錯しています。
『もう1300兆円を超えたのか。ここまで来ると返せる気が全くしないし、インフレで借金を薄めるつもりなのだろうか』
『積極財政は聞こえがいいが、結局は次世代にツケを回しているだけ。自分の代さえ良ければいいという政治家の姿勢が透けて見える』
といった、将来への不安を隠せない声が目立ちます。一方で、
『デフレ脱却のためには必要な投資。金利が上がる前に経済成長を軌道に乗せられるかが勝負だ』
と、政権の背中を押す意見も見受けられますが、その声も増え続ける利払い費の懸念にかき消されがちです。
この状況を俯瞰すれば、日本という国は「高額なリボ払い」を繰り返す買い物依存症の患者に似ています。目先の生活水準を維持するためにカードを切り続け、その金利負担が膨らんで本来使うべき食費や教育費を圧迫し始めている。長期金利の上昇傾向は、市場が「この患者は本当に大丈夫か」と疑い始めたサインに他なりません。積極財政を「責任ある」と形容するのであれば、その出口戦略を具体的に示すことこそが、今求められる真の責任ではないでしょうか。
バラマキに近い政策が衆院選での勝利に貢献した事実は否定できませんが、勝利の代償が財政の崩壊であっては本末転倒です。我々有権者も、耳障りの良い「支援」の裏側にある、この重すぎる数字の重みを今一度噛みしめる必要があります。
借金という言葉の響きは重いものですが、それが国家の命運を左右する投資となるのか、単なる浪費に終わるのか。
私たちは、その行く末を厳しく監視し続ける必要があります。














