出典:湯川れい子X(@yukawareiko)
肉親の死を背負い続けた90年の重みと平和への執念
SNSという匿名性の高い空間では、時に想像力を欠いた言葉が凶器のように振る舞うことがあります。作詞家であり音楽評論家としても知られる湯川れい子氏が、自身のSNSで展開した反論が大きな波紋を広げています。発端は、戦争の悲惨さを訴え続ける湯川氏に対し、一部のユーザーから投げかけられた『戦争を経験していないくせに』という趣旨の心ない批判でした。これに対し、今年90歳を迎えた彼女が提示した事実は、あまりにも重く、そして峻烈なものでした。
湯川氏が明かした家族の歴史は、まさに日本の近代史そのものです。18歳年上の長兄はフィリピンで戦死し、次兄は神風特攻隊の生き残りとして戦後を歩みました。さらに父は海軍軍人として終戦直前に戦病死を遂げています。彼女の言葉を借りれば、まさに嫌というほど戦争を体験してきた人生なのです。特に次兄が『戦争を体験した人間にしか戦争は止められない』との信念から、家族の反対を押し切って自衛官となり、司令官まで務めたというエピソードは、単なる反戦論を超えた凄みを感じさせます。
ネット上では、この毅然とした態度に多くの声が寄せられました。
『実体験に基づく言葉の重みが違いすぎる』
『特攻隊の生き残りの兄を持つ方の言葉を否定できる人間などいない』
『今の時代、歴史を学ばずに感情だけで噛みつく人が多すぎる』
一方で、湯川氏の『寝ぼけたことを言わないで下さい』という攻撃的な口調に、拒否感を抱く層も少なくありません。
『自身の正義を盾に、若者を切り捨てる姿勢はどうかと思う』
『背景を知らないのは罪だが、その言い方は分断を深めるだけ』
『90歳という権威を振りかざして一般人を叩くのは老害に近い』
湯川氏の反論は、単なる自己弁護ではありません。肉親を失い、遺骨収集のためにフィリピンまで足を運んだ一人の女性としての、魂の叫びです。しかし、その圧倒的な正論が、対話を拒絶する「壁」として機能してしまっている側面も否定できません。
凄惨な記憶を抱えながらも、それを平和への原動力に変えてきた湯川氏。その背筋の伸びた生き方は、安易な批判に終始する現代人に対し、言葉の責任を問いかけています。
同時に、伝える側が持つべき「寛容さ」という課題も浮き彫りにしたと言えるでしょう。














