
有権者を欺いたツケが回った?選挙目当ての野合が生んだ惨敗劇と「寄生」に成功した公明党のしたたかな計算
衆院選の結果は、あまりにも残酷な現実を突きつけることとなりました。新党結成時の172議席から49議席へ。3分の1以下にまで勢力を減らした中道改革連合の惨敗は、もはや政党としての体をなしていないと言わざるを得ません。立憲民主党と公明党が選挙直前に合流するという、有権者を置き去りにした数合わせの代償は、立憲出身議員の大量落選という形で支払われました。一方で、比例区に特化して議席を伸ばした公明党の動きは、共闘という名の寄生であったと批判されても仕方のない結果です。
急造の新党が掲げた、安全保障や外交を後回しにするという無責任な姿勢は、賢明な有権者に見透かされていました。選挙目当ての野合に、古くからの支持者が愛想を尽かしたのも当然の帰結といえます。
ネット上では、このあまりに極端な明暗に対して厳しい声が飛び交っています。
『立憲の自滅に公明が便乗しただけ。理念なき合流の末路としては妥当』
『大物落選で世代交代が進むのはいいが、選びたい選択肢がどこにもないのが悲劇』
『高市旋風というよりは、野党側の自爆。公明党の立ち回りだけが不気味に際立っている』
このように、寄せ集め集団に対する冷ややかな視線が目立ちます。
特筆すべきは、敗軍の将である野田佳彦氏と斉藤鉄夫氏の会見における温度差です。悲壮感を漂わせ辞任を示唆する野田氏に対し、斉藤氏は議席増を誇るかのような余裕を見せました。立憲を足場にして自らの議席を確保し、嵐が過ぎればさっさと元サヤ(自民党との連立)を狙うという公明党の戦略は、政治的リアリズムとしては正解かもしれませんが、道義的には疑問が残ります。
自民党内からも、公明党の復帰を期待する声が漏れ聞こえる現状は、結局のところ、日本の政治構造が1ミリも変わっていないことを示唆しています。中道という言葉を隠れ蓑にした延命措置は失敗に終わりました。今、有権者が求めているのは、耳ざわりの良い中道ではなく、責任感のある確かな選択肢です。この惨敗を機に、野党第一党としての誇りを失った旧立憲勢力がどのように再編されるのか。あるいは、したたかな公明党が再び与党の座に返り咲くのか。混迷を極める政界の行方に、もはや期待よりも諦念を感じずにはいられません。
今回の騒動で唯一確かなのは、政治家たちの保身のための計算式に、国民という変数は組み込まれていなかったということです。














