「うちは自由にさせてるだけなんだけどね」自称・放任主義のママ友の終わらないマウント。疲弊した私が最後にたどり着いた結論とは
目の前に運ばれてきた、色鮮やかで美味しそうなトマトクリームパスタ。
それなのに、一口食べても全く味がしません。口の中に広がるのは、ソースの旨味ではなく、どんよりとした疲労感だけでした。
「うちはね、教育方針が自由だから。子供の好きなようにさせてるのよ」
優雅に紅茶のカップを傾けながら、向かいに座るママ友が微笑みます。
出た。またこのフレーズです。
「自由」という言葉に隠されたマウントのフルコース
彼女の言う「自由」は、決して放任という意味ではありません。
「この間もね、子供が急にバイオリンをやりたいって言い出して。主人の収入ならまあ好きなだけやらせてあげられるし、とりあえず一番いい楽器を買ってあげたの」
自由な教育方針という前置きは、単なるクッション言葉。
その後に続くのは、さりげない(けれど確実に計算された)夫の年収アピールと、子供の習い事の自慢話です。
「へえ、すごいですね。バイオリンなんて素敵」
私は引きつりそうになる頬の筋肉を必死に持ち上げ、精一杯の相槌を打ちます。
せっかくの楽しいはずのランチタイムが、いつの間にか息の詰まるようなマウントの取り合い、いえ、正確には彼女の独壇場になっていました。
次から次へと繰り出される自慢のフルコースに、私のお腹はすっかりもたれてしまったのです。
哀れなマウンティングと、私が見つけた心の処方箋
ようやく解放され、レストランを出た時の帰り道。
いつもよりずっと重く感じる足取りで歩きながら、私はふと考えました。
どうして彼女は、あんなにも自分の環境をひけらかす必要があるのでしょうか。
「そうか。彼女は誰かと比較しないと、自分の幸せを実感できないんだ」
そう気づいた瞬間、私の中で渦巻いていたモヤモヤとした不快感が、スッと冷たいものに変わっていきました。
恵まれた環境にいるはずなのに、常に周りを見渡しては「自分の方が上だ」と確認し続けなければ安心できない。それは、とても窮屈で息苦しい生き方に見えました。
私は絶対に、あんな風にはなりたくない。
強烈な反面教師として、彼女の姿をしっかりと目に焼き付けたのです。
「さて、今日の夕飯は何にしようかな」
マウント合戦のリングから静かに降りることを決めた私の足取りは、いつの間にか、羽が生えたように軽くなっていました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














