「次は勝てるかもしれないのに」ゲームで負けて悔しがる私。だが、祖母が教えてくれた大事なこととは
正月になると、祖母が花札を配った
母方の祖母は、勝負ごとの好きな人でした。近所の人の家でもよく花札をしていて、親戚が十人ほど集まる正月には、札を配るのがいつも祖母の役でした。
子どもも大人も一緒です。ただし、お金を賭けるわけではありません。
祖母が用意した小さなおはじきを一人ずつ同じ数だけ持ち、勝った人が何個か受け取る。それが我が家の決まりでした。
札の絵柄の名前も、点の数え方も、私はその卓で覚えました。
ある年、私は何度も続けて負けました。手元のおはじきが減っていくのが悔しくて、次こそは勝ちたいと札を握り直していたときです。
祖母が私の手元を見て言いました。
「もう一回やる?」
私はすぐにうなずきました。
すると祖母は少し笑ってから、こう続けました。
「勝ちたいからやるのはいいけど、負けたのを取り返そうと思ったら、そこで一回やめるんだよ」
子どもだった私は、少し不満でした。
「次は勝てるかもしれないのに」
祖母は札をそろえながら答えました。
「勝ち方より、負け方を覚えるほうが大事だからね」
悔しいまま、こたつを離れた
結局、その日は祖母に言われたとおり、私はいったん卓を離れました。
隣の部屋でみかんを食べていると、しばらくして別の親戚が呼びに来ました。
「そろそろまたやる?」
さっきまであれほど悔しかったのに、少し時間がたつと気持ちはずいぶん落ち着いていました。
こたつへ戻ると、祖母は何事もなかったように札を配りました。そのあと勝ったのか負けたのかは、もう覚えていません。
それからも正月になるたび、私たちは同じように花札を囲みました。負けて熱くなっている子がいれば、祖母は「ちょっと休んだら」と声をかけます。大人が連敗していても、それは同じでした。
祖母は九十代になっても、親戚が集まると花札の輪に加わっていました。
晩年は札が見えにくくなり、私が横から絵柄を確かめることもありました。
勝ち方のほうは、結局あまり上手になりませんでした。ただ、うまくいかないときほど一度離れる。あのこたつで教わったことは、大人になった今でも意外なところで思い出します。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














