「バッグも髪型も、全部参考にしてるの」児童館で親しくなったママ友。だが、玄関先で行動を見られていたと知り、言葉を失った
「参考にしてるの」という言葉
下の子が生まれて間もない頃、児童館で親しくなったママ友がいた。
物腰がやわらかく、話していて楽な相手だった。だからしばらく、私は何も疑わなかった。
変化は、ゆっくりと現れた。私が気に入って買ったバッグと、そっくりのものを彼女が提げている。
私が美容院で髪を切れば、次に会うときには彼女も似た髪型になっている。
偶然にしては、重なりすぎていた。
子どもの習い事の話をした数週間後には、彼女の子も同じ教室に通い始めていた。
私が家族で出かけた店に、彼女が数日後に足を運んでいたこともある。まるで、私の生活をそっくりなぞっているようだった。
ある日、雑談のついでに、私はやんわり触れてみた。
「最近、いろいろ似てきましたね」
彼女は、うれしそうに顔をほころばせた。
「バッグも髪型も、全部参考にしてるの」
悪気はまるでない。
褒められているのだと、自分に言い聞かせた。それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
見られていた、という事実
しばらくして、私はひそかに働き口を探し始めた。家庭の事情は、まだ誰にも話していなかった。
それなのに彼女は、送迎の列で私の隣に並ぶと、さらりと口にした。
「そろそろ、お仕事始めるのね」
言葉を失った。何も言っていないのに、なぜ。動けずにいる私に、彼女はにっこりと続けた。
「きちんとした服で出かける日が増えたし、車の中で求人を見ていたでしょう。玄関の前を通るとき、いつも見えるの」と。
背筋が冷たくなった。玄関先での身支度も、駐車場での私も、彼女の視界にずっと収まっていたのだ。その屈託のない笑顔が、そのときだけは、うまく笑い返せないほど怖かった。
私は声を荒らげたりしなかった。
ただ、生活のリズムをそっと変えた。
送り迎えの時刻を前後にずらし、彼女と会わずに済む動線を選んだ。
玄関の前で立ち止まる時間も短くした。顔を合わせる機会が減ると、彼女はいつしか私の名前を口にしなくなった。
時間をずらしただけで、あれほど続いた偶然は、嘘のように途絶えた。似たバッグも、似た髪型も、もう追いかけてはこなくなった。
後になって、彼女が別の人を熱心に見るようになったと耳にした。
結局、彼女にとっての「参考」は、誰でもよかったのかもしれない。私という相手に、特別な意味などなかったのだと思うと、かえって肩の力が抜けた。
距離を取っただけで、あんなに張りつめていた毎日が、嘘のようにほどけた。心を守るのに、争う必要なんてなかったのだと思う。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














