「あなたたちも行くでしょう?」同級生のお母さんの葬儀で火葬場まで同行しようとする保護者たち。母が静かに断った理由
同級生の母を見送るため、母と斎場へ向かった
同級生のお母さんが亡くなったと知らせを受けたのは、地元に残っている友人からでした。
母も授業参観や運動会で何度か話したことがあるというので、二人で葬儀へ行くことにしました。
斎場へ着くと、小学校時代の同級生や、その保護者だった人たちの姿がありました。
久しぶりに見る顔も多かったのですが、みんな静かに会釈を交わす程度でした。
式のあいだ、後ろのほうには故人と親しかったという保護者たちがまとまって座っていました。
小さな子どもを連れてきている人も何人かいます。
故人のご主人は、参列者へ何度も頭を下げていました。
その姿を見ていると、私も母も声をかけることはできず、ただ席から見守っていました。
やがて出棺の時間になり、参列者は斎場の玄関前へ移動しました。
火葬場へ向かうマイクロバスが止まり、係の人が親族や同行する人を案内し始めます。
「あなたたちも行くでしょう?」
そのとき、先ほど後ろに座っていた保護者たちも乗り場の近くへ集まってきました。数えてみると10人ほどいます。子どもの手を引いている人もいました。
「うちの子も一緒に行って大丈夫ですか」
「最後まで見送ってあげたくて」
そんな声が聞こえてきました。
故人とは子どもを通じて長く付き合いがあったのでしょう。最後まで見送りたいという気持ち自体は、私にも分かりました。
ただ、私は火葬場まで行くつもりではありませんでした。母も同じだったようで、その列から少し離れたところに立っています。
すると保護者の一人が私たちに気づきました。
「あなたたちも行くでしょう?」
急に聞かれ、私は母の顔を見ました。
母は少し考えてから、静かに首を横に振りました。
「私たちはここまでで。今日はお別れできただけで十分だから」
「そう?じゃあ、またね」
相手もそれ以上は勧めず、乗り場のほうへ戻っていきました。
私と母は、出棺する車に向かってもう一度頭を下げました。
帰りの車に乗ってから、私は母に聞きました。
「火葬場まで行かなくて、よかったかな」
母は前を見たまま答えました。
「お付き合いの深さは人それぞれだからね。私たちは、あそこでお別れできたから十分だと思うよ」
最後まで見送りたい人もいれば、葬儀までで帰る人もいる。その日の帰り道、どちらが正しいということではなく、故人との関係に合わせた見送り方があるのだと思いました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














