「もしもし?聞こえてる?」電車で大声の通話を続ける男性。だが、誰も注意しなかった車内で、男性の声が小さくなったきっかけ
10分の区間で、声だけが大きかった
その朝の車両は、立っている人がぱらぱらといる程度だった。私はドアのそばの手すりにつかまり、乗り換えまでの10分をぼんやり過ごすつもりでいた。
ところが発車してすぐ、中ほどの席から大きな声が聞こえてきた。
五十代くらいの男性が、携帯を耳に当てて話している。ドア付近にいる私にも、内容が分かるほどの声だった。
「もしもし?聞こえてる?」
少し間を置いて、また声が響く。
「いや、だから、それはさっき言っただろ」
相手とうまく話がかみ合わないらしく、似たやり取りが何度か繰り返された。
「違うって。そうじゃなくて…ああ、もう一回言うよ」
近くに立っていた人が小さく息を吐いた。それでも、誰も男性には声をかけなかった。
私も「あと少しだし」と思って、黙ったまま手すりを握っていた。
隣に座っていた2人が席を立った
しばらくして、男性の隣に座っていた会社員風の女性が鞄を持ち上げた。
もう一人の女性に、小さな声で話しかける。
「向こうに移りますね」
すると、もう一人もすぐに腰を浮かせた。
「あ、じゃあ私も行きます」
二人は男性には何も言わず、そのまま隣の車両へ続くドアのほうへ歩いていった。
空いた二席に、すぐ座る人はいなかった。
男性の電話はまだ続いていた。
「だから、それは明日でいいって…」
そこで声が途切れた。
男性が顔を上げ、左右の空いた席を見たのが、離れた場所にいる私からも分かった。
少しして、電話の声が急に小さくなった。
「……うん。分かった」
それまでとは違い、周りにはほとんど聞こえない声だった。
「今、電車だから。またあとでかけるよ」
そう言って間もなく、男性は通話を終えた。
車内には、走行音だけが戻ってきた。
私が降りる駅が近づいたころ、近くに立っていた学生らしい2人の会話が聞こえた。
「あそこ、空いてるよ」
「もう降りるから、いいよ」
二人はそのまま立っていた。
その晩、家で妻にこの話をした。
「隣の人たち、直接注意したわけじゃないんだ?」
「うん。何も言わずに席を移っただけ」
妻は少し考えてから、「それで気づいたのかもしれないね」と言った。
本当にそれが理由だったのかは分からない。ただ、両隣の席が空いたあと、男性の声が小さくなったのは確かだった。
誰かが強く注意しなくても、その場の空気が伝わることはあるのだと感じた朝だった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














