「誰もお墓を見てくれない」法事の席で親族の前で声を震わせた伯母。止まっていた箸が再び動き出した理由
刺身の皿が、誰の前でも減らなくなった
数年前、親戚の法事に呼ばれた。法要のあとは料理屋の座敷に移り、親族20人で細長い膳の列に着いた。障子の外は、もう暗くなりかけていた。
私の向かいには、前の年に夫を亡くした伯母がいた。挨拶をしたときはいつもどおりだったが、以前より少し疲れているように見えた。
空気が変わったのは、刺身の皿が回りはじめたころだった。
伯母が箸を置き、少し離れた席まで聞こえる声で言った。
「ねえ、お墓のことなんだけど。最近、誰も見に行ってないでしょう」
去年の夏には草がかなり伸びていたこと、花筒の水もそのままだったこと。話し始めると、伯母の口から次々と言葉が出てきた。
「私ひとりで行くのも、だんだん大変なのよ。うちの人が生きていたら、こんなことにはなってないのに」
私の隣にいた従弟が、箸を持ったまま目を伏せた。
法事を取り仕切っていた伯父が席を立ち、伯母のそばまで行った。
「そんなに気になってたんだな。ちゃんと聞くから、少し落ち着こう」
「でも、いつもそうじゃない。今度行くって言って、そのままになるでしょう」
「分かったよ。このままにしないから」
伯母は納得できない様子で首を振った。
「うちの人が生きていたら、草があんなになるまで放っておかなかったわ」
伯父はすぐには返さなかった。
伯母の声には怒りだけではなく、寂しさのようなものも混じっていた。
「私だって、こんな席で言いたくないのよ。でもね……うちの人が生きていたらって、どうしても思っちゃうの」
それが三度目だった。
いつの間にか、刺身の皿は誰の前でも止まっていた。子どもたちまで、大人の顔を黙って見比べている。
冷えかけた法事の席に戻ってきた、箸の音
そのとき、上座で湯呑みを置く音がした。
この日の法事の故人の姉にあたる、80代の女性だった。伯母のほうへ身体を向け、ゆっくり口を開いた。
「それだけ、ずっと気になってたんだね」
伯母は畳に目を落とした。
「だって、言わなきゃ誰も動かないじゃない」
「そうだね。でも、せっかくみんな集まってるんだから、ひとりで怒って帰ることないよ」
伯母が顔を上げた。
女性は少しだけ表情をやわらげた。
「まず食べよう。墓のことは、帰る前に話したらいいでしょう」
しばらくして、伯母が小さく息を吐いた。
「……そうね。ごめんなさい。ちょっと言いすぎたわ」
「言わなきゃ分からないこともあるよ」
伯母は何も言わず、置いていた箸を取り直した。
伯父も席に戻り、止まっていた刺身の皿を隣へ回した。誰かが煮物に箸を伸ばすと、それにつられるように座敷のあちこちから食器の触れる音が戻ってきた。
会食が終わりに近づいたころ、伯父が改めて口を開いた。
「さっきの墓のことだけど、秋のお彼岸に行ける人を決めておこうか」
少し間を置いて、親戚の一人が答えた。
「うちは土曜なら行けるよ」
「じゃあ、うちも子どもを連れて行こうかな」
私も伯母に声をかけた。
「私も土曜なら行けるよ。一緒に行こうか」
伯母は少し驚いた顔をしたあと、「無理しなくていいのよ」と言った。
それでも、誰が行けそうなのかという話になると、今度は黙って耳を傾けていた。
お開きになり、伯母は玄関で帰る親族を見送っていた。
私の番になると、少し恥ずかしそうに袖を引かれた。
「さっきはごめんね。私、ちょっと溜めすぎてたみたい」
「いいよ。お彼岸の土曜、迎えに行くから」
伯母は少し迷ってから、うなずいた。
「……じゃあ、お願いしようかな」
座敷では仲居さんが膳を下げはじめていた。障子の向こうからは、残っている親族のいつもの話し声が聞こえていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














