「ドレッシングがちょっと多いんだけど」毎週木曜、同じセットを頼んでいた女性。いつのまにか姿を見なくなった
小さな器に量ったドレッシング
以前、喫茶店のキッチンに立っていたことがある。サラダのドレッシングは小さな計量スプーンで量り、毎回同じ量をかけるのが店の決まりだった。
毎週木曜の夕方になると、決まってピザトーストのセットを頼む女性客がいた。
注文するとき以外はほとんど口を開かず、静かに食事をして帰っていく人だった。
ある週、食べ終わったサラダの器を下げようとすると、女性がフォークを置いて私を見た。
「ねえ、これ。ドレッシングがちょっと多いんだけど」
私は器に目を落とした。見たところ、いつもと変わらない量だった。
「すみません。決まった量でお出ししているんですが、次から少なめにしましょうか?」
女性は少し眉を寄せた。
「うん…やっぱり多いのよ。もう少し少なくていいわ」
怒っているというより、本当に気になっているような言い方だった。
「わかりました。次から少なめにしますね」
「お願い」
それだけ言うと、女性はまた窓の外へ視線を戻した。
翌週、私はドレッシングを控えめにしてサラダを出した。
女性はその日は何も言わなかった。
ただ、今度はピザトーストの焼き色をじっと見て、少しだけ首をかしげていた。
それから木曜になるたび、私はなんとなく緊張するようになった。
ドレッシングの量を確認し、トーストの焼き色も見てから皿を出す。
何も言われずに女性が帰った日は、厨房に戻って先輩と目が合うと、お互いに少しだけほっとした。
最後の木曜に頼んだもの
その木曜も、店の前に見慣れたコート姿が見えた。
女性がドアを開け、カウンターの前を通っていつもの席へ向かう。その背中を見ながら、レジにいた先輩が小さな声で言った。
「あ、今日も来たね」
「ですね」
私も小声で返した。
女性に聞こえたかどうかは分からない。ただ、そのとき少しだけ足が止まったように見えて、私は気になった。
席に着いた女性は、メニューをほとんど見ずに言った。
「今日はホットサンドだけでいいわ」
「単品で大丈夫ですか?」
「うん。今日はそれだけで」
いつものピザトーストのセットではなかった。単品なので、サラダも付かない。
私はドレッシング用のスプーンへ伸ばしかけた手を止めた。
女性は焼きたてのホットサンドを黙って食べ終えると、いつもより少し早く席を立った。
会計を済ませると、「ごちそうさま」と短く言って店を出ていった。
それが、女性を見た最後だった。
次の木曜も、その次の木曜も、いつもの時間になっても窓ぎわの席は空いたままだった。
何週かたったころ、休憩中に先輩がぽつりと言った。
「あの木曜のお客さん、来なくなっちゃったね」
「そうですね」
「結局、何がそんなに気になってたんだろうね」
私は少し考えた。
「最初はサラダでしたよね。ドレッシングが多いって、言われて」
「ああ、そうだったね」
先輩はそれ以上何も言わなかった。
最後の日に、私たちの小さな会話が聞こえてしまったのか。それとも生活が変わったのか。単に別の店へ行くようになっただけなのか。
本当の理由は、今も分からない。
ただ、それまで毎週のように座っていた窓ぎわの席が空いていると、しばらくは木曜になるたび、その女性のことを思い出した。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














