「有給は君が使えばいいだろう」子の発熱で私だけが選ばされた朝に、私が飲み込むしかなかった言葉
38度2分と、二人分の出勤時間
朝の6時40分、体温計が鳴りました。
38度2分。
「のど、いたいよ」
娘の額に手を当てると、じんわりと熱いのが伝わります。トースターの音、洗濯機の終了音、リビングの時計の針。急かす音ばかりが耳につく朝でした。
私はその日、午前に打ち合わせがありました。夫は夕方に会議です。どちらも、動かせないほどではありません。
有給を出すか、病児保育に電話をして預けてから出るか。娘の赤い顔と、社内のカレンダーが、頭の中で交互に浮かびました。
髪を整えていた夫が、鏡越しに言いました。
「有給は君が使えばいいだろう」
穏やかな声です。押し付ける響きは、少しもありませんでした。
「どっちを選んでも、間違ってないと思うよ」
フォローのつもりだったのでしょう。実際、夫は一度も「休め」とは言っていないのです。
「……なんで、私が使う前提なの」
「え、どういうこと」
「あなたが使ってもいいんだよ、有給」
夫は心底驚いた顔をして、こう返しました。
「そりゃそうだけど、君が決めていいって話だよ」
選ばされる側は、最初から決まっていた
悪気がないのは分かっています。だから、なお厄介でした。
「決めていい」と言えるのは、選ばなくていい側に立っている人だけです。天秤を持たされているのは、いつも私のほうでした。
喉まで来ていた言葉があります。どうして、あなたはその天秤の外に立っていられるの。どうしてこの家では、母親のほうが先に候補になるの。
口にしたら、出勤までの十分では終わりません。娘は熱でぐずっていて、私は結局、飲み込みました。
「……ううん、なんでもない」
「熱、下がるといいな。じゃ、行ってくる」
夫は靴を履き、いつもの声で出ていきました。玄関のドアが閉まる音だけが、やけにはっきり聞こえました。
私は会社に電話をして、有給を申請しました。
「子どもが熱を出しまして、今日はお休みします」
上司は「お大事に」と言ってくれました。誰にも責められていないのに、謝っているのは私だけでした。
冷えたタオルを額に当て直すと、娘が薄目を開けました。
「ママ、おしごと、やすみ?」
「うん、今日はずっと一緒だよ」
そう言えるのは、本当ならうれしいことのはずでした。それでも、飲み込んだ言葉は残ったままです。
あれから、娘が熱を出すたびに同じ問いが浮かびます。私は休みたいから休んでいるのか、私しか休まないから休んでいるのか。
夫は次の朝も、優しい顔で同じことを言うのでしょう。君が決めていいよ、と。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














