「飯はどうするの?俺は無理だぞ」何でも妻に任せた夫。だが、子どもの一言で初めて気づいた過ち
熱の出た朝に
結婚して20年。夫は外に出ると、家庭的な男になった。
「家では料理も手伝うし、家族は大事にしてるよ」
親戚にも同僚にも、そう話していたらしい。実際の夫は、食べた皿を流しに置きもしない。洗濯物は畳まれるのを待って、かごの中で眠っている。
参観日の帰り道、他の父親に「毎晩キッチンに立ってますよ」と話しているのを、私は少し後ろで聞いていた。
その夜の食器も、朝までそのまま食卓に残っていた。
ある冬の朝、私は熱で起き上がれなくなった。体は重く、天井がぐらぐらと揺れて見えた。
枕元に立った夫の第一声が、これだった。
「飯はどうするの?俺は無理だぞ」
耳を疑った。
「……今日は、自分で何とかして」
「そんなこと言われてもさ」
夫は不満そうに息を吐いて、部屋を出ていった。その日、枕元に水の一杯も置かれることはなかった。
20年を崩したひと言
子どもたちが家を出る準備を始めた、春のことだ。
荷造りの合間に、家族で朝食を囲んだ。積み上がった段ボールの隙間に、皿とパンを並べる。
娘が「この光景も最後だね」と笑った。
台所のほうからは、まだ湯気が上がっていた。誰が沸かした湯なのか、この家では聞くまでもない。
夫はいつもの調子で切り出した。
「父さんも料理は手伝ってきたんだぞ」
パンをかじっていた息子が、顔を上げた。
「え、お父さんが台所に立ってるとこ、見たことある?」
娘が首を振る。
「ない。お母さんしか記憶にないよ」
夫の手から、パンが落ちた。
「いや、手伝ってただろ。たまに」
「たまに、なんだ」
息子の相槌に、夫は口を開けたまま黙った。耳が赤くなり、視線がテーブルの木目をさまよう。20年ぶんの証人が、目の前に二人いた。
私は箸を置いて、言った。
「私が熱で寝てた朝、あなた、ご飯のことしか聞かなかったよ」
「……覚えてない」
「私は覚えてる」
娘が小さく「うわ」とつぶやいた。夫はコップに手を伸ばしかけて、途中で引っ込めた。言い返す言葉を探していたようだが、最後まで見つからなかったらしい。
その朝から、食卓の景色が少しずつ変わった。
まず、夫が自分の皿を流しに運ぶようになった。次に、スポンジを持つようになった。ゴミ袋の口を結ぶ手つきは、今もぎこちない。
「これ、燃えるゴミでいいのか」
「うん、それでいい」
それだけの会話が、20年目にして初めて交わされた。
子どもたちが巣立った家で、夫はもう「手伝ってきた」とは言わない。代わりに、黙って洗い物をしている。水音を聞きながら、私は思う。我慢しているだけでは、何ひとつ伝わらなかったのだと。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














