「おじいちゃん、そんな人だったんだ」祖父を知らない甥が、法事で聞いた昔話に身を乗り出した日
静かだった法事の席で、昔話が始まった
祖父の法事の日、お寺での用を終えたあと、親族十人ほどで近くの店の座敷に集まりました。
普段はほとんど顔を合わせない人ばかりです。最初は会話も少なく、湯呑みを置く音のほうがよく聞こえるほどでした。
私も正直、早く終わらないかなと思っていました。
そんな空気が変わったのは、誰かが祖父の若いころの話を始めてからです。
「昔、こんなことがあってな」
一人が話し始めると、別の二人まで思い出したように口を開き、三人の話が重なりました。
出てきたのは、立派な思い出ばかりではありません。
二十代のころ、給料をもらった日にみんなを連れて出かけてしまい、月末には米ばかり食べていたこと。
一度家出をしたものの三日で戻り、何も言わず畑に出ていたこと。
若いころには自転車で川に落ち、その話を四十年も言われ続けていたこと。
それまで静かだった座敷に、少しずつ笑い声が増えていきました。
伯父が若い世代へ向けて言った一言
なかでもよく話していたのが、親族の中でも年長の伯父でした。
伯父は大人たちではなく、卓の向こうに座っていた若い子たちのほうへ体を向けると、笑いを含んだような調子で言いました。
「おじいちゃんは、20代のころ相当な悪だったんだよ」
そして少し間を置いて、続けました。
「まじめな話のほうは、誰も覚えとらんのよ」
向かいにいた甥は、箸を持ったまま身を乗り出していました。甥は祖父に会ったことがありません。
会ったことのない人の話を、実際に一緒に過ごした人たちの口から初めて聞いていたのです。
「その話、初めて聞いた」
そんな声も上がり、私が知らなかった祖父の話も次々に出てきました。
私の母も伯父を見ながら、感心したように言いました。
「そんなこと、よく覚えてるわね」
気づけば私も、もう早く終わればいいとは思っていませんでした。
帰り道でも残っていた、川に落ちた話
店を出るころになっても話は尽きず、靴を履きながら誰かが続きを話し、外に出てからも駐車場でしばらく笑い声が続いていました。
その帰り、甥が自分の母親の手を引きながら言いました。
「今度、その川見に行きたい」
すると、その後ろにいた私の母が首をかしげました。
「川の名前、なんて言ったかしらね」
あの日の座敷で若い世代へ残ったのは、「働き者だった」「立派な人だった」という話より、何十年も笑い話になっていた、祖父が自転車で川に落ちた思い出でした。
結局、その川の名前は誰も思い出せませんでした。それでも、祖父を知らなかった甥の中にも、一つの思い出のようなものが残ったのだと思います。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














