「あなたの『かしこまりました』は気持ちがいいねえ」年配のお客さんからの思わぬお願いに、笑いをこらえた10分間
年配のお客さんからの、思いがけないお願い
もう15年ほど前のことです。当時の私は、ソフトウェアの使い方に関する問い合わせを受けるサポートセンターで働いていました。
その日も昼どきのフロアでは、ヘッドセットをつけたスタッフたちが、それぞれのお客さんに対応していました。
そんな中、私が電話を受けたのは、年配の男性のお客さんでした。
「画面の文字が小さくてねえ。もう少し大きくできないかな」
「かしこまりました。では、一緒に確認していきましょう」
男性は穏やかな口調で、こちらの説明にも丁寧に耳を傾けてくれました。
何度か操作を案内していると、男性が突然、こんなことを言い出したのです。
「いやあ、あなたの『かしこまりました』は、聞いていて気持ちがいいねえ」
「あ、ありがとうございます」
思いがけない褒め言葉に、少し照れくさくなりました。
ところが、男性の話はそれで終わりませんでした。
「それでね、ひとつお願いがあるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
「返事の最初に、毎回『かしこまりました』って言ってもらえないかな」
「えっ…毎回、ですか?」
「そうそう。あの言い方がいいんだよ」
冗談かと思いましたが、男性の声はいたって真剣です。
私は一瞬戸惑ったものの、思わず笑みがこぼれました。
「かしこまりました」
すると男性は「そう、それそれ!」と、うれしそうに笑ったのです。
猫の話にも、天気の話にも「かしこまりました」
そこから、なんとも不思議なやりとりが始まりました。
男性は画面を操作しながら、気づいたことや思いついたことを次々と話してくれます。
そして私は、そのたびに必ず「かしこまりました」から返事を始めました。
「おお、字が大きくなったよ!」
「かしこまりました。見やすくなりましたか?」
「うんうん、よく見える。それにしても今日は暑いねえ」
「かしこまりました。本当に暑いですね」
自分で言いながら、さすがにおかしくなってきました。
それでも男性は、とても楽しそうです。
「あっ、今度は猫がキーボードに乗ってきちゃったよ」
「かしこまりました。……では、ゆっくり下ろしてあげてください」
もう何の電話なのか、自分でも分からなくなりそうでした。
隣の席の女性の同僚にも、私が何度も同じ言葉を繰り返しているのは聞こえていたようです。
ふと横を見ると、同僚が不思議そうな顔でこちらを見ています。
やがて、私がまた「かしこまりました」と返すと、同僚は口元を押さえ、肩を震わせ始めました。
その様子を見た私も、つい吹き出しそうになります。
けれど、電話の向こうでは男性が楽しそうに話しています。笑い声を聞かせるわけにもいきません。
私は必死に笑いをこらえながら、何とか対応を続けました。
気づけば、そんなやりとりが10分以上も続いていたのです。
やがて設定がすべて終わり、男性が満足そうに言いました。
「いやあ、楽しかった。ありがとうね」
最後まで約束を守ろうと思った私は、いつもの言葉を返しました。
「かしこまりました」
電話の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえ、通話は終了しました。
私がヘッドセットを外すと、隣の同僚はとうとう我慢できなくなったようで、机に突っ伏して笑い始めました。
その後もしばらく、私が「かしこまりました」と返事をするたびに、フロアのどこかから小さな笑い声が聞こえてきました。
15年ほどたった今でも、「かしこまりました」という言葉を聞くと、あの男性の楽しそうな声を思い出します。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














