「一生に一回なんです。分かりますよね?」卒園式でスマホとビデオカメラを構え続けた母親。花を渡しに来た息子の一言で固まった瞬間
腕を広げて撮り続ける母親
息子の卒園式の日、私は会場で、園児席のすぐうしろに空いている席を見つけました。
ここなら息子の姿がよく見える。そう思い、持ってきたビデオカメラを構えました。
ところが、開式の言葉が終わった直後のことです。
斜め前に座っていた母親が、左手に携帯電話、右手にビデオカメラを持ち、両腕を大きく広げました。二つの画面で、自分の子どもを追いかけています。
その腕と画面が視界を遮り、肝心の息子の顔がほとんど見えなくなってしまいました。
歌が始まっても状況は変わりません。私が首を伸ばして腕のすき間からのぞこうとすると、母親がちらりと振り返り、小さく舌打ちをしました。
「あの、すみません。もう少し腕を下げてもらえませんか?」
思い切って声をかけると、母親は不満そうに答えました。
「一生に一回なんです。分かりますよね?」
そう言うと、むしろビデオカメラをさらに高く持ち上げたのです。
隣の保護者が気の毒そうにこちらを見ましたが、どうすることもできません。
私が小さくため息をつくと、母親が再び振り返りました。
「ため息、録音に入っちゃうんですけど」
「……すみません」
私はそれ以上何も言えず、自分のビデオカメラの録画を止めました。
せっかくの卒園式なのに、息子の姿は目の前の母親の携帯電話の画面越しにしか見えませんでした。
「ママ、手があいてないよ」
式の終わりに、子どもたちが花を持って家族のもとへ歩いてきました。
斜め前の母親のところにも、花を胸に抱えた男の子がやってきました。その母親の息子です。
ところが、母親はまだ両手に携帯電話とビデオカメラを持っていました。
「うん、いい顔!お花、もうちょっと上げてみて」
男の子は言われたとおり花を持ち上げましたが、母親の手元を見ると、不思議そうに首をかしげました。
「ママ、手があいてないよ」
その一言に、近くの保護者たちから思わず笑いがこぼれました。
「たしかに、あいてないわ」
うしろの列からも小さな声が聞こえ、周囲に笑いが広がります。
母親は「あっ……」と口を開いたまま固まり、みるみる耳を赤くしました。
そして慌てて携帯電話とビデオカメラを椅子に置き、ようやく両手で息子から花を受け取りました。
椅子に置かれたビデオカメラの画面には、天井が映っています。
ずっと撮影を続けていたのに、わが子から花を受け取る瞬間は、自分で撮ることができなかったのです。
そのとき、私の視界を遮っていた腕もなくなり、花を持った息子の姿が見えました。
「ママ、これ。がんばったよ!」
駆け寄ってきた息子に、私は両手を伸ばしました。
「うん、がんばったね。お花、ありがとう」
花を受け取り、そのまま息子をぎゅっと抱きしめました。
ふと斜め前を見ると、あの母親は花を膝にのせたまま、椅子の上の携帯電話にもビデオカメラにも手を伸ばしていませんでした。
私も息子の式をもっと見たかったという悔しさは残りました。それでも最後に、画面越しではなく、息子の顔を見ながら花を受け取れたことがうれしかったです。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














