「無理よ!私だって忙しいんだから」と祖母の介護を手伝わない叔母→祖母が亡くなった後の態度を見て、縁を切ることを決意
夏になるとやってくる叔母たち
夏が近づくと思い出す、あの苦い記憶。
子どもの頃、私たち家族は祖父母と同居していました。
毎年の夏休み、決まって我が家にやって来るのは叔母と従姉妹たち。
それも、滞在期間はたっぷり1ヶ月以上。
「あー、やっとゆっくりできる!ねぇ、今日のご飯なに?」
実家に帰ってきた娘だからと、ソファーでくつろぐ叔母。
生活費を入れることもなく、家事も完全なノータッチ。
大勢の食事の用意や洗濯は、すべて私の母と祖母の肩に重くのしかかる始末。
「また1ヶ月も……お母さんたちばかり大変じゃない」
「お父さんの妹だからね。私たちが我慢するしかないわ」
母のため息。
そんな理不尽な夏が、なんと20年もの間続いたのです。
しかし、事態が動いたのは祖母が寝たきりになった時。
母が叔母に連絡を取り、少しのサポートを頼みました。
「少しでいいから介護を手伝って。せめて施設費の援助をお願いできない?」
「えっ、無理よ!私だって忙しいんだから。ずっと一緒に住んでたんだし、そっちで看てよ」
介護の負担はお金も労力も一切背負わず、顔すら見せなかった叔母。
遺産を求めて…
ところが、祖母が亡くなった途端、その態度は一変。
葬儀が終わるやいなや、血相を変えて実家に乗り込んできたのです。
「お母さんのあの着物と指輪、私が形見としてもらうわね!」
「それから、貯金はどうなってるの?娘の私にもきっちり財産をもらう権利があるんだから!」
介護の時は逃げたのに、財産分与の時だけは誰よりも早くやってきて大騒ぎ。
「おばあちゃんが苦しんでた時は何もしなかったのに!」
「法律で決まってる私の正当な権利よ! 外野は口出ししないでちょうだい」
叔母の厚顔無恥な振る舞いに、私たちはただただ唖然。
もちろん、あの日を境に叔母とはきっぱり縁を切りました。現在に至るまで完全に没交渉です。
確かに、実の娘としての権利はあるのでしょう。
でも、20年間も我が家で好き放題に過ごし、一番大変な時だけ逃げ出した叔母。
10年経った今でも、思い出すだけでモヤモヤ、ムカムカが止まりません。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














