「アイスクリーム、ひとつお願いします」初めてアイス専門店に入った母。30種類を15分見比べた末に選んだ味に笑った
初めてのアイス専門店で、母が頼んだもの
十年以上前の夏、よく晴れた日の昼のことです。
父と母、兄と私の4人で出かけた帰りに、通り沿いのアイスクリーム専門店に立ち寄りました。
家族そろってこの店を訪れるのは初めてです。
なかでも母は、こうしたアイスクリーム専門店に入ること自体が初めてでした。
店内はひんやりとしていて、大きなガラスのショーケースの向こうには、若い女性の店員さんが一人立っていました。ほかにお客さんはいません。
母は入り口で日傘を閉じると、迷うことなくショーケースの前へ進みました。
そして店員さんに軽く頭を下げ、こう言ったのです。
「アイスクリーム、ひとつお願いします」
まるで喫茶店でコーヒーを一杯頼むような、ごく自然な口調でした。
店員さんは笑顔で応じます。
「はい。お味はどちらになさいますか?」
「えっ、お味?」
母はきょとんとした顔をしています。
すると、母の後ろにいた兄が小声で話しかけました。
「お母さん、下を見て。ここから好きな味を選ぶんだよ」
「えっ、そうなの?」
母は言われるまま、目の前のガラスに顔を近づけました。
そして、中に並んでいるアイスを見た途端、驚いたように目を丸くしたのです。
30種類を15分見比べて、母が選んだ味
ショーケースの中には、30種類ほどのアイスがずらりと並んでいました。
いちごの赤、抹茶の緑、チョコレートの茶色。ほかにも、名前を見ただけでは味が想像できないものがたくさんあります。
「わあ、こんなにあるの?これ、全部違う味なの?」
母は驚いた声を上げると、端から順番にアイスを眺め始めました。
「この青いのは、どんな味?」
「ソーダのような、さわやかなお味ですよ」
「へえ、そうなの。じゃあ、こっちの黄色いのは?」
気になるものを見つけるたびに、母は店員さんに質問します。
店員さんも「ゆっくりお選びくださいね」と、笑顔で応じてくれました。
父と兄と私は早々に自分の食べたい味を決めましたが、母はまだ迷っています。
ショーケースの端まで見終わったかと思えば、また最初に戻って見比べ始めました。
「お母さん、まだ決まらないの?」
兄が笑いをこらえながら尋ねると、母は真剣な顔で答えました。
「だって、こんなにあったら迷うじゃない」
父は小さく咳ばらいをし、私は兄と顔を見合わせました。
気づけば、店に入ってから15分がたっていました。
そしてようやく、母が顔を上げました。
「決めたわ」
私たち3人も、どの味を選ぶのかと母に注目します。
母は店員さんの顔を見て、はっきりと言いました。
「バニラで」
「えっ、バニラ!?」
あれだけいろいろな味を見比べていたのに、最後に選んだのは定番のバニラ。
私と兄は思わず吹き出してしまいました。父も笑い、店員さんまで口元をほころばせています。
母は私たちを見回すと、少し照れたように言いました。
「だって、アイスクリームといえばバニラでしょう?」
その言い方がおかしくて、今度は母も一緒になって笑い出しました。
店の前のベンチに家族4人で並んで座り、それぞれのアイスを食べ始めました。
母はバニラを満足そうにひと口食べると、父のほうを向いてこう言いました。
「次は、入ってすぐバニラって言えばいいのね」
その言葉を聞いて、私たちはまた笑ってしまいました。
初めての専門店で30種類ものアイスを見た母が、15分かけて選んだのは、いつものバニラ。
十年以上たった今でも、あの日の母の真剣な顔と、最後の一言を思い出すと笑ってしまいます。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














