イメージ画像(写真ACより引用)
ラジオ番組のゲストによる差別的な表現が物議を醸し、公共の電波でのマナーや発言者のモラルが問われる
お昼どきの穏やかな空気、それが一瞬で凍りつきました。2026年5月11日、文化放送の人気番組である大竹まことゴールデンラジオ!での出来事です。ゲストとして招かれた作家の適菜収氏が、高市早苗首相に対する論評の中で、耳を疑うような言葉を口にしました。高市氏の外交姿勢やSNSでの発信を痛烈に批判する流れでしたが、次第に熱を帯びた適菜氏の口からは、現代では許容されない女性への蔑称が飛び出したのです。慌てて番組側がフォローを入れる事態となり、放送後もSNSでは批判の火の手が収まる気配を見せていません。
事の発端は、トランプ米大統領に関連する高市氏の言動を適菜氏が分析した場面でした。氏は高市氏の振る舞いを厳しく指弾し、その文脈で、戦後直後の日本で見られた特定の女性たちを指す、極めて差別的なニュアンスを含む古い呼称を二度にわたって使用。これにはMCの大竹まこと氏も、言葉を選びながらたしなめる一幕がありました。本人はその場でNGですか、と確認したものの、後の祭り。放送終了間際にはアナウンサーが改めて公式に謝罪する事態へと発展したわけです。
この一連の流れに対し、ネット上では瞬く間に怒りの声が広がりました。
『放送事故じゃん。このレベルの言葉でもアナウンサーの一言謝罪ですんじゃうんだ…』 『これ差別用語でアウトやろ』
『それはダメだ。公共の電波で流していい言葉じゃない』
『誹謗中傷だし女性差別です』
『偶然社用車の中で聴いていました。酷いです。文化放送は見解を出すべきだと思いました』
寄せられた反応を眺めると、単なる政治的な意見の食い違いを超えた、深い拒絶感が伝わってきます。どんなに立派な大義名分を掲げていても、相手を貶めるために歴史的な背景を持つ差別的な言葉を道具に使う。その瞬間に、せっかくの論理も説得力も色あせてしまいます。
特に、平和や人権を重んじる立場を自認する人々が、自分たちの考えにそぐわない相手に対しては攻撃性を剥き出しにする。こうした姿に、二重基準を感じて冷ややかな視線を送る層も少なくありません。自分たちは正義の側にいるから何を言っても許される、そんな独りよがりな奢りが透けて見えるようで、なんともいえない後味の悪さが残ります。
言葉は刃物と同じです。使い道を誤れば、相手だけでなく自分自身の品位まで切り刻んでしまう。
生放送という、やり直しのきかない場所だからこそ、プロとしての矜持や、他者への最低限のリスペクトが求められたはずです。














