「旧姓のあなたの子供に会いたいのですか?」泣き寄ってきた義母→絶縁を超えて返した私の本音
家を建てる場所で絶縁、出産後に届いた旧姓メッセージ
夫が長男ということもあり、義母は「自分の家の近くに住むはず」と当然のように考えていたようでした。
けれど私たち夫婦は、慎重に話し合った末に、私の実家の近くに家を建てる選択をしました。
女三姉妹の長女として、私は父に育てられてきたのです。
母が家を出ていったあと、再婚もせず一人で暮らしている父に、何かあった時にすぐ駆けつけたい。
その思いを夫に伝え、夫は理解してくれました。
けれど、義母には伝わりませんでした。
「自分たちの面倒は誰がみるの?」「墓の守りは誰がするの?」
飛んでくる質問は、こちらの説明を聞いてくれる構えではありません。
「長男なのに他県」「あなたの父親だけ大事にしてる」と、決めつけの言葉が積み重なります。
気がつけば、私たちと義母の関係は、絶縁の状態になっていました。
その絶縁の中で、私は第一子を妊娠し、無事に出産。
新しい命を迎えた直後、夫のスマートフォンには、義母からこんなメッセージが届いたのです。
「孫なんてどうでもいい」
続けて並ぶ愚痴の文章の中で、私の名前は旧姓で書かれていました。
結婚して姓が変わってから、もう数年が経っているのに、です。
「会いたい」と泣いてきた義母に、静かに返した一文
夫から画面を見せられた瞬間、私の中ではぞっとするものが確かにありました。
けれど、それと同じくらい強く、「もう、どうでもいい」という気持ちが胸を占めていきます。
これ以上、義母の感情に振り回されるエネルギーが、すでに残っていなかったのです。
子どもが少し大きくなった頃、義母から夫を通じて連絡が入りました。
「孫に、会いたい」
泣きじゃくるような、震える声色でした。
夫経由で電話を代わってもらい、私はゆっくり受話器を耳に当てます。
そして、感情をできるだけ抑え、静かにこう返しました。
「旧姓のあなたの子供に会いたいのですか?」
受話器の向こうで、義母の声がぴたりと止まります。
長い沈黙の後、息を細く吐く音が聞こえ、続いて「ごめんなさい」という震えた言葉が返ってきました。
「あの時、ひどいことを書きました」
「本当に、ごめんなさい」
義母の謝罪を聞きながら、私は不思議と冷静でした。
怒りも、勝ち誇った気持ちもありません。
ただ、長い間こちらが背負わされてきた「決めつけ」を、ひとつだけ言葉にして返した、それだけです。
その後の関係は、決して密ではありません。
必要最低限のやり取りで、適度な距離感を保ったまま、年に数回、孫の写真を送る程度。
けれど、絶縁の頃のような胸の重さはもうなく、自分の家族と父の暮らしを、揺るがず守れている実感があるのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














