「迷惑だから降りろよ」泣く赤ちゃんを抱いて身を縮める母親。だが、張りつめたバスの車内を変えた、運転手さんのひと言
雨の日のバス停で
小雨の降る平日の昼前、私は買い物に出るためバスを待っていました。
屋根の下には、赤ちゃんを抱いた20代くらいの女性がいました。バスが見えてくると、傘を肘にかけたまま、ベビーカーをたたもうとしています。
赤ちゃんは生後半年くらいでしょうか。お母さんの胸に頬をつけ、静かに雨を眺めていました。
「よかったら、ベビーカー持ちますよ」
「えっ、いいんですか。ありがとうございます」
私はたたんだベビーカーを受け取り、一緒にバスへ乗りました。
車内に空席はなく、お母さんは赤ちゃんを片腕で抱えながら、もう片方の手でつり革につかまっていました。
いくつか停留所を過ぎたころ、赤ちゃんがぐずり始めました。
お母さんは背中をとんとんと叩き、小さな声であやしています。
すると、近くに立っていたスーツ姿の男性がぼそりと言いました。
「迷惑だから降りろよ」
お母さんの手が一瞬止まりました。
「すみません……」
それでも赤ちゃんは泣きやみません。男性は前を向いたまま、もう一度同じ言葉を口にしました。
それまでにも「うるさいな」「早く泣きやませろよ」という小さな声が聞こえていたため、お母さんはますます身を縮めるようにして赤ちゃんを抱いていました。
車内に流れた、運転手さんの言葉
次の停留所で乗り降りが終わると、運転席のほうからアナウンスが流れました。
「赤ちゃんも大切なお客さまです。お近くの方、よろしければお席のご協力をお願いいたします」
男性の言葉が聞こえていたのか、それとも車内の様子を見て案内したのかは分かりません。
ただ、その放送のあと、お母さんの斜め前に座っていた制服姿の女の子がイヤホンを外し、すっと立ち上がりました。
「ここ、どうぞ」
「ありがとう。本当に助かります」
「大丈夫ですよ」
お母さんが座って赤ちゃんを抱き直すと、女の子は赤ちゃんを見て少し笑いました。
「かわいいですね」
「ありがとうございます」
張りつめていたお母さんの表情が、ほんの少しやわらいだように見えました。
男性はそれ以上何も言わず、次の停留所で静かに降りていきました。
しばらくすると、赤ちゃんの泣き声もいつの間にか寝息に変わっていました。
偶然、お母さんが降りる停留所は私と同じでした。私は先にベビーカーを下ろして広げ、眠った赤ちゃんを抱いたお母さんを待ちました。
「ベビーカーまで、本当にありがとうございました」
「いえいえ。よく眠っていますね」
その晩、離れて暮らす娘から電話があったので、昼間の出来事を話しました。
「そんなこと言う人がいたの?」
「いたのよ。でもね、運転手さんの放送で空気が変わったの」
誰かを強く責める言葉ではありませんでした。それでも、「赤ちゃんも大切なお客さまです」という一言が、今でも心に残っています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














