「取り放題なんだから、残したって誰も困らないわよ」旅館の朝食で料理を残そうとした母親。だが、息子の言葉に黙った
隣のテーブルに積み上がっていく料理
妻と大きな温泉旅館に泊まった、去年の秋のことです。
朝食のバイキング会場で、私たちの隣に小学生くらいの子どもたちを連れた家族が座りました。
しばらくすると、父親が料理を盛った皿を持って戻ってきました。
海鮮にローストビーフ。どれもおいしそうでしたが、皿からこぼれそうなほどの量に、思わず目が止まりました。
しかも、父親は同じような皿を何枚も運んできます。
テーブルの上は、あっという間に料理でいっぱいになりました。
海鮮コーナーには長い列ができ、料理の補充を待っている人もいます。
「あんなに取って、食べきれるのかな…」
私が妻に小声で話しかけると、妻も困ったようにうなずきました。
そのとき、隣のテーブルから子どもの声が聞こえてきました。
「お母さん、こんなに食べきれないよ」
すると母親は、山盛りの皿を見ながら笑って答えました。
「いいのよ、せっかく来たんだから。食べたいのだけ食べなさい」
子どもたちは少しずつ料理を口に運んでいましたが、皿の山はなかなか減りません。
やがて母親が時計を気にするようにして、声をかけました。
「まだ食べてるの?もう出るわよ」
「でも、残っちゃうよ」
「取り放題なんだから、残したって誰も困らないわよ」
そう言って母親が立ち上がると、父親も椅子を引きました。
テーブルには、ほとんど手をつけていない料理がまだたくさん残っています。
妻は私のほうを見て、声を出さずに「もったいないね」と口を動かしました。
母親を座り直させた、男の子の一言
家族がテーブルを離れようとした、そのときです。
子どもたちのうちの男の子が、残された皿を指さして母親に言いました。
「こんなに残したらお店の人が困るよ」
母親は驚いたように振り返りました。
「給食でも、残さないって先生が言ってたもん」
男の子は怒っているわけではなく、ただ不思議そうでした。どうしてこんなに残して帰ってしまうのか、納得できない様子です。
近くのテーブルにいた客たちも、何人かこちらを振り向きました。通路の向こうにいた年配の夫婦も、その様子を見て小さく首を振っています。
「そ、それは…」
母親は何か言おうとしましたが、言葉が続きません。
一度テーブルの上を見て、それから男の子に目を向けました。
「……そうね。まだ残ってるわね」
頬を赤くした母親は、引いたばかりの椅子に座り直しました。
父親も気まずそうな顔で、再び腰を下ろします。
それから家族は、残っていた料理を急いで少しずつ食べ始めました。
さっきまでのにぎやかな笑い声は聞こえなくなりましたが、男の子は気にする様子もなく、自分の皿の料理を食べ進めています。
やがて男の子の皿は、きれいに空になりました。
料理を補充しに来た従業員の男性も、その皿に気づいたのか、男の子にそっと笑いかけていました。
「ちゃんとしてるな、あの子」
私が妻に小声で言うと、妻も笑ってうなずきました。
「ほんとね。お母さんのほうが教わっちゃったわね」
私たちは顔を見合わせて、小さく笑いました。
大人が気にせず済ませようとしたことを、子どもがまっすぐ指摘する。そんな場面を目の当たりにして、私も少し考えさせられた朝でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














