「年に一度なんだから、ちょっとくらいいいでしょ」運動会で撮影を続けた父親。だが、息子に言われて黙った理由
最前列で立ち上がった父親
娘が通う幼稚園の運動会は、雲ひとつない青空でした。参観席は朝から保護者でいっぱいで、私が座れたのは後ろのほうの列です。
娘がいちばん楽しみにしていたのは、みんなで踊るダンスでした。
「パパ、ダンスのとき、ちゃんと見ててね!」
家を出る前にそう念を押されていた私は、娘の出番を心待ちにしていました。
ところが、音楽が流れ始めたときです。
最前列に座っていた家族連れの父親が、突然立ち上がりました。そして、大きなカメラを頭より高く掲げたのです。
一緒にいた家族は座ったままですが、父親だけが立って撮影を続けています。
私の席からは、その父親の背中とカメラが邪魔になり、肝心の娘がよく見えません。
「ちょっと、見えないんだけど……」
「うちの子、今あの辺で踊ってるのに」
周囲の保護者たちも、困った様子で小声を交わしていました。
すると、父親のすぐ後ろに座っていた男性が声をかけました。
「あの、すみません。座ってもらえませんか?」
しかし、父親はカメラを構えたまま答えます。
「いや、年に一度なんだからさ。ちょっとくらいいいでしょ」
男性は困ったように黙ってしまいました。
気持ちは分からなくもありません。私だって娘の姿をしっかり残したいと思っています。
でも、楽しみにしていたのは、ほかの保護者たちも同じです。
曲はもう半分以上進んでいました。このまま最後まで見られないのかと、私はがっかりしていました。
父親の服を引っぱった男の子
そのとき、父親の隣に座っていた小さな男の子が、シャツの裾をくいくいと引っぱりました。
そして、父親を見上げて声をあげたのです。
「パパ、うしろの人みえないって言ってるよ」
父親はカメラを構えたまま、ちらりと息子に目を向けました。
男の子はもう一度、はっきりと言いました。
「すわって」
その声に、近くの保護者たちの視線も最前列へ向かいました。
父親は何か言いかけましたが、結局何も言いません。少し気まずそうにカメラを下ろすと、そのまま腰を下ろしました。
「あ、見えた!」
「よかった、まだ踊ってる」
後ろの席から、ほっとした声が聞こえました。
私もようやく娘の姿を見つけることができました。
「いたいた。頑張ってるな」
思わずそうつぶやくと、娘は練習してきた振りつけを、最後のポーズまで元気いっぱいに踊りきりました。
曲が終わると、園庭には大きな拍手が響きました。
最前列の父親は、カメラを膝に抱えたまま、最後まで立ち上がりませんでした。
大人が注意しても聞かなかった父親が、息子の短い言葉には黙って従ったのです。
子どもの素直な一言に、大人のほうが教えられたような気がした運動会でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














