鳩山元首相が「対米自立」を唱え高市政権の姿勢を疑問視
2月8日の投開票に向け、風雲急を告げる衆議院選挙。高市早苗首相が「自らの信任」を問うとして解散に踏み切った中、かつての政権を担った鳩山由紀夫元首相が、自身のSNSで極めて辛辣な言葉を投げかけました。高市首相が進退を懸けて臨むこの戦いを「低次元な茶番」と断じ、日本の外交姿勢に強い警鐘を鳴らしたのです。
鳩山氏が注目したのは、カナダのカーニー首相が世界経済フォーラム(ダボス会議)で提唱した「ミドルパワー連合」という概念でした。混沌とする国際情勢において、中堅国家が連携することの重要性を説くこの動きを引き合いに出し、日本が長年続けてきた対米従属の姿勢を「米国のポチ」という過激な表現で批判。もはやその道は徒労に終わると突き放し、今こそ日本は「対米自立」を果たすべき時だと主張しました。
この投稿の背景には、高市首相が解散の理由として掲げた「私を総理として認めるか否か」という個人的な信任論への強い反発があります。本来、国政選挙で議論されるべきは日本の進むべきグランドデザインであるはずが、政権維持のパフォーマンスに終始しているのではないかという、元首相としての矜持が滲む指摘といえるでしょう。
SNS上では、この鳩山氏の発言に対し、冷ややかな視線と同意する声が入り混じっています。
『元首相の言葉とは思えないほど過激だが、今の外交姿勢に危機感を抱くのは理解できる』
『解散の理由が「自分への信任」というのは、確かに議論が内向きすぎる気がする』
『過去の政権運営を棚に上げている感はあるが、対米自立という視点自体は無視できない』
こうした声からは、現政権の手法に対する違和感と、かといって過去の教訓から鳩山氏の主張を素直に受け入れきれない、国民の複雑な葛藤が見て取れます。
鳩山氏の言葉の過激さはさておき、その指摘が現代日本の「思考停止」を突いている点は無視できないと考えます。高市首相が掲げる「与党で過半数」という勝敗ラインは、政権基盤の安定には不可欠ですが、それはあくまで手段であり目的ではありません。本来、政治が語るべきは「誰が座るか」ではなく「この国をどう守り、どう動かすか」という骨太の議論であるはずです。
今回の衆院選は、単なる人気投票ではなく、日本が国際社会の中でどのような立ち位置を築くのかを真剣に問う場にならなければなりません。














