「今度から朝は手を振るだけにするわ」毎朝10分の立ち話を断れなかった僕が、休日に伝えた本音
玄関を出る前に耳を澄ませる朝
僕は今も会社勤めを続けている。ところが最近、朝になると玄関で靴を履いたあと、すぐにはドアを開けられなくなっていた。
気にしていたのは、お隣の門が開く音だった。
お隣の奥さんは60代くらいで、面倒見のいい人だ。旅行に出たときには、郵便受けの新聞を預かってくれたこともある。ただ、朝に顔を合わせると、話がなかなか終わらなかった。
「あら、おはよう。今日も早いのね」
「おはようございます。ちょっと急いでまして」
「そうなの?そういえば昨日の町内会がね……」
そこから班長のことや集会所のことへ話が広がり、気づけば10分ほどたっている。
腕時計を見る回数が増えても、なかなか切り上げるきっかけをつかめなかった。
その朝も駅まで急ぎ、どうにかいつもの電車に間に合った。
悪い人ではない。
それだけに「朝は話しかけないでください」とは言いづらかった。
翌日から僕は、外の気配を確認してから玄関を出るようになった。ごみを出すときまで足早になり、妻からは「なんだか泥棒みたいね」と笑われた。
自分の家なのに、朝になると玄関で緊張する。
それがだんだん窮屈に感じるようになっていた。
休みの日だから言えたこと
ある日曜の昼、庭で植木に水をやっていると、お隣の奥さんが生け垣越しに声をかけてきた。
平日の朝とは違って、今日は時間がある。僕はホースの水を止めた。
「あの、ひとつお伝えしてもいいですか」
「なに?どうしたの」
「朝は電車の時間があって、ゆっくりお話しできなくて。こういう休みの日なら、僕も落ち着いて聞けるんです」
奥さんは少し驚いた顔をして、手にしていたじょうろを置いた。
声が聞こえたのか、お隣のご主人も縁側から「どうした?」と顔をのぞかせた。
少し間を置いてから、奥さんが申し訳なさそうに笑った。
「あら…私、朝からずいぶん引き止めちゃってたのね。ごめんなさい」
「いえ、お話するのが嫌なわけじゃないんです」
「じゃあ今度から、朝は手を振るだけにするわ」
そう言って笑ってくれたので、肩の力が抜けた。
次の朝、僕が門を出ると、奥さんは玄関先にいた。けれど声をかけてくることはなく、笑って手を振るだけだった。僕も手を振り返した。
ちょうど通りかかった近所の人が、その様子を見ながら歩いていった。
今では日曜の昼になると、奥さんが湯のみを二つ持って庭に出てくることがある。町内会の話も、そのときなら急かされる気持ちにならずに聞ける。
そして平日の朝は、もう玄関の向こうを気にすることなく、いつも通り家を出られるようになった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














