「髪の毛が一本落ちてた」毎朝のように繰り返される義父の小言→静かに新婚生活を蝕んでいったため息の正体
床に視線を落とす日課が始まった
新婚生活は、夫の実家での同居からスタートした。
母を早くに亡くした夫を支えるためにも、義父との3人暮らしを受け入れた。
義父は穏やかな人で、家事を率先してくれる頼もしい同居人のように思えた。
掃除機もお風呂も玄関も丁寧に磨き上げ、家はいつもピカピカに整っていた。
違和感が芽生え始めたのは、同居一週間が経った頃だった。
朝、トーストを焼いていると、リビングから義父の声が聞こえてきた。
「髪の毛が一本落ちてた」
誰に向けて言っているのか、はっきりはしない。
でも、家にいる女性は私だけだ。私はフライパンを持つ手を一瞬止めた。
「掃除しても掃除しても、髪の毛がなあ」
朝食の席で続いたつぶやきに、夫はテレビに目を向けたまま、何も言わなかった。
私は口の中のパンを噛みしめながら、目を伏せていた。
声に出せなかった本音が、別居という形になるまで
その日から、義父の小言は朝の風景の一部になった。
出勤前に床へ視線を走らせる癖がつき、髪の毛が見えれば慌ててコロコロを転がす。
それでも見落としは出るし、髪は抜ける。完璧にゼロにすることはできない。
髪を結んでみた。
短く切ろうかとも考えた。
シャンプー後は風呂場で念入りに掃除をしてから出る。
できる限りのことはやっても、義父のつぶやきは止まらなかった。
夫に思い切って話したこともある。「お父さんの言い方、ちょっと気になる」と。
夫は困った顔で、「悪気はないよ、気にしないでいいよ」と返した。
(気にしないでいられたら、苦労してないのに)
口には出さず、心の中だけで返事をする日々。
誰かに責められているわけでもなく、激しい言葉をかけられたわけでもない。
それなのに、家にいると常に呼吸が浅くなっていく。
新婚なのに、夫と笑い合う時間が減っていることにも気づいていた。
義父の小言が聞こえそうな夕方、私は無意識に肩に力を入れてリビングを通る。
限界を感じたのは、洗面台の前で抜けた髪を一本ずつ拾っている自分を、ふと鏡で見た瞬間だった。
(私、何をしてるんだろう)
その夜、私は夫に「別居したい」と伝えた。義父を悪く言いたいのではない。
ただ、新婚生活を新婚らしく過ごせる場所がほしいのだと、震える声で話した。
夫は何度か言葉を呑み込んでから、「ごめん、気づくのが遅かった」と言ってくれた。
それから半年後、私たちは小さなアパートに移った。
義父との関係は、距離が空いたぶん、かえって穏やかになった。
お盆や正月に顔を見せに行く時間が、お互いにとって優しい時間になった。
あの頃の毎朝のため息は、今も忘れない。声にならないまま積もったあの感情こそが、私の新婚生活を静かに蝕んでいたものの正体だったのだと思う。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














