「昨日彼女が帰宅しなかったらしい」仲がよかった後輩を家に泊めた。翌日、学校に行くと思わぬ騒ぎになっていた
青ざめた朝の研究室
私は大学院の修士2年で、研究室の卒論生サポートを担当していた。
1年がかりで並んで研究を進めてきた女性の後輩とは、いつしか親密な関係になっていた。
前夜は実験が長引き、終電を逃した彼女を大学近くのアパートに泊め、一緒にもう一晩を過ごした。
翌朝、彼女は実家に立ち寄ってから登校すると言い、最寄り駅で別れた。
私が一人で研究室に着いたとき、空気が普段と違っていた。同期たちが机を囲んでざわついている。教授が私を見るなり、声を低くして告げてきた。
「昨日彼女が帰宅しなかったらしい。ご両親から大学に連絡が入った」
頭が真っ白になった。心当たりは私しかいない。手にしていた研究ノートが、汗で湿っていくのがわかった。
しらを切り通した数時間
事態はすでに動いていた。彼女のご両親は早朝のうちに警察に捜索願を出し、教授のもとには問い合わせの連絡まで来ていたという。
研究室全体が落ち着かない空気に飲まれている。
(ここで認めれば終わる)
瞬時に覚悟を決めた。
私は何も知らないという表情を崩さず、同期や教授からの問いかけに、すべて首を振った。
「最後に見たのはいつだ」「夜の連絡は来たか」
声が飛んでくるたびに胃の奥が冷えた。心拍だけが耳元で響いている。
それでも口元だけは平静を装い、彼女からの一報をひたすら待ち続けた。窓の外で鳴く雀の声まで、やけに遠く聞こえた。
受話器の声に走った冷気
昼前、研究室の電話が鳴った。
教授が立ち上がり、受話器を耳に当てた瞬間、その表情がほどけた。
私は息を詰めて様子をうかがった。
「同好会の友だちの家に泊めてもらいました」
彼女の声だった。
教授に直接、嘘の謝罪を入れていたのだ。
あとで聞けば、私たちが駅で別れた直後、彼女は同好会の女友達に電話を入れ、わずかな時間で口裏合わせを完了させていたという。
事態は鎮まり、捜索願も取り下げられた。誰一人として疑念を口にする者はいなかった。
受話器越しに流れてきた彼女の落ち着き払った声を思い出すたび、今でも肝が縮む。
私が呆然と見守るしかなかった一方で、彼女は一晩のうちに筋書きを組み立て、女友達まで巻き込んで現実を書き換えてみせた。
(あの一晩、誰の判断が一番冷静だったのか)
穏やかだと信じていた後輩の内側にあった冷静さに、青春の終わりの冷気を感じた朝だった。何十年経っても、あのとき教授に告げられた一報と受話器越しの嘘の声は、私の中で並んで残り続けている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














