「どんな神経をしているのか」先輩が陰で私の悪口を言っていた。だが、悪口を言っている理由に納得いかなかった
善意が一方的な要求に変わった日
20代で入社して間もないころ、先輩社員に目をかけてもらうことが多かった。
仕事の相談をすると丁寧に答えてくれたし、困ったときに声をかけてもらえる存在だった。
同じフロアで毎日顔を合わせるうちに、自然と距離が縮まっていた。
ある日、私が外出から戻ると、デスクの上の配置が変わっていた。
書類が揃えられ、散らばっていた文具が端にまとめられていた。
誰がやったのかはわからなかったが、「整理してくれたのかもしれない」と思いながら特に気にせずいた。
自分でも忘れているだけかもしれないと、深くは考えなかった。
その先輩から一言もなかった。
「片付けておいたよ」も「どうだった?」もなかった。
だから私は、それが先輩の行動だとまったく知らなかった。
「どんな神経をしているのか」という言葉
数日後、別の同僚に呼び止められた。少し言いにくそうな表情だったのを覚えている。
「どんな神経をしているのか」
先輩がそう言いながら職場の数人に話しているらしいと、同僚が教えてくれた。
理由は、私がデスクを掃除してもらったのにお礼を言わなかったから、ということだった。
言葉に詰まった。
知らなかっただけだ。
声をかけてもらっていれば、その場で感謝を伝えられた。
なのに、何も知らないまま礼儀のない人間として語られていたのだ。
先輩に直接確認する勇気も出ず、かといって誤解を解く機会もないまま、その場の空気は少しずつ変わっていった。
一緒にいた時間が長いぶん、距離が広がっていく感覚が余計につらかった。
善意は告げてこそ届く
この出来事を通じて気づいたのは、善意は伝えなければ存在しないも同然だということだ。
相手に知らせず何かをして、感謝が返ってこないことを責めるのは、最初から無理のある話だと思う。
それでも先輩の行動を責める気持ちにはなれない。ただ、一言あれば起きなかったすれ違いだったとも感じる。
あの日、帰ってきたときに声をかけてくれていれば、私は間違いなくお礼を言えたのだから。
今も職場では気をつけるようにしている。相手が知らないうちにしたことに、感謝を求めないこと。
善意は届けてこそ意味を持つのだと、あの出来事が教えてくれた。気にかけていた先輩との関係が、ひとつの言葉の行き違いで崩れたことは、今でも忘れられない。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














