「育児への協力はできない」退院日に夫が淡々と告げた一言→1時間の居座りが残した答えのないモヤモヤ
夫の信じられない発言
「育児への協力はできない」
退院の日の夕方近く、夫がそう言った。
まるで天気の話をするような口調で、淡々と。
わたしはその言葉をすぐには受け取れなかった。
出産を終えて体はまだぼろぼろで、鈍い痛みが続いていた。
やっと家に帰れると思っていたのに、その一言がどっと肩にのしかかってきた。
育てることに関わるつもりはないと言い切る人が、今日から子どもの父親になるのだという事実が、頭の中でうまく結びつかなかった。
どうしてそんな言葉が出てくるのか、聞き返すこともできなかった。
出産翌日の体では、声を出すことさえ億劫だった。
それでも、頭の中ではその一言がぐるぐると回り続けた。
育てている側の何を見て、そう言い切れるのか。答えが出なかった。
手ぶらで来て、1時間以上居座った
その日の朝、夫は病院に来てくれた。
でも両手は空っぽだった。出産後に必要なものを一緒に確認していたはずなのに、何も持ってきていなかった。
夫はベッドのそばに腰をおろし、スマートフォンを見続けた。
退院の手続きも、荷物の整理も、全部わたしが一人でやった。
重い荷物を持って廊下を歩いても、夫は立ち上がらなかった。
手続きの列に並んでいる間も、書類にサインしている間も、夫はただそこにいるだけだった。
1時間が経った。
2時間近くになろうとしていた。
出産直後の体に、それだけの時間立ち動き続けることは想像以上につらかった。
声をかけてくれるでもなく、ただそこにいるだけの夫の姿が、なぜか目に焼きついた。
そして帰り際に、あの言葉が来た。
価値観のズレが静かに広がった
悲しさよりも先に、困惑だけが残った。
育てる側が何をしているかを見もせずに、関わらないと決めている人がいる。
同じ家に住んで、同じ子どもの親になるはずなのに、見ている方向がここまで違うのかと思うと、言葉が出てこなかった。
退院の日に感じるはずだったほっとした気持ちは、どこにもなかった。
かわりに積み上がったのは、答えの出ないモヤモヤだった。
これから先、この人と一緒に子どもを育てていけるのかという不安が、静かに広がっていった。
家への道が、いつもより長く感じられた。
育児を「協力」と捉えるのか、それとも親として当然担うことと捉えるのか。
そこには大きな隔たりがあった。
その隔たりが今後どう縮まるのか、それとも縮まらないままなのか、わたしにはまだわからなかった。ただ、この問いはこれからもずっとついてまわりそうだと思った。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














