
つえを突く高齢者にとって歩きスマホは命に関わる脅威。罰則を求める声と利便性を主張する声の行方
一歩踏み出すたびにバランスを取り、全神経を集中させて歩く人たちがいます。そんな中、向こうから画面を覗き込み、周囲を視界から消した人間がふらふらと近づいてきたら。スマホゾンビ許すまじ!という叫びは、私たちの想像以上に深刻な現実を突きつけています。
先日、病院の廊下で、スマホに夢中な人を避けるためにヘトヘトになったという体験談が注目を集めました。本人に悪気はないのかもしれません。しかし、相手が避けてくれるのを前提にしたその振る舞いは、自由を通り越して傲慢にさえ見えます。駅の階段で足元も見ずに下りてくる姿に至っては、もはや時限爆弾を抱えて歩いているようなものです。
ネット上では、この状況を危惧する人たちの率直な声が溢れています。
『1メートル手前で慌てて止まったり、こっちが避けるのを前提にしてるのがミエミエ』
『あなたが足を滑らせたら、下にいる上ってくる人みんなが大けがをする』
こうした怒りの一方で、反論も耳に届きます。地図アプリで道を確認しながら歩くことは、見知らぬ土地では不可欠な行為です。
『大部分の人はスマホを見ながらでも、ぶつからないように注意して歩いている』
そう主張する人もいますが、果たして本当にそうでしょうか。ある女性は、ほんの数秒の確認だと思っていた時間が、実際にはかなりの距離を無自覚に歩いていたことに気づき、愕然としたそうです。自分の集中力がどこまで周囲に及んでいるか、私たちは案外把握できていないのかもしれません。
国内でもいくつかの自治体で防止条例が作られていますが、強制力のない呼びかけに留まっているのが現状です。対してハワイなどでは道路横断中の操作に罰金が科されるなど、厳しい姿勢が目立ちます。
『ゾンビなんて呼ばれたら誰だっていい気がしないからスマホゾンビという言い方がどんどん広まって欲しい』
こんな皮肉めいた意見が出るほど、人々の忍耐は限界に近いのでしょう。便利な道具が誰かの歩行を妨げ、安全を脅かす存在になっては本末転倒です。
ほんの数秒、立ち止まって空を見上げる余裕。
それだけで救われる誰かの足元があることを、私たちは忘れてはならない気がします。














